自由都市・ＪＡＰＡＮ編 〔５〕
ＬＰ３／７／１３
「へぇー、思ったよりまともな料理を造るじゃない。結構美味いわよ」
「どうも。そう言って頂けると造った甲斐がありますね」
「ホント美味しいです！ こういうのは初めてですけど」
「まあ、普通の家庭料理ですから……こういう宮殿ではあまり出ませんか」
「だぁーーー！ もっと俺様に相応しいゴージャスな料理を出さんか、馬鹿者！」
「……………………
ゴージャスって……無茶言わんで下さい。私だって他に仕事があるんですから、飯の支度にそんな手間掛けられませんよ」
何せ、本来の業務に加えて、シャングリラの予備調査やらボルゴＺ襲撃に使えるかと油とアルコールのカクテルや時限発火装置を作ったり。無茶はしていないが結構忙しい時間を過ごす羽目になっている。ちゃんと食えるものを出してるだけでも大したものでと思うが。
本来業務と言えば、リーザスに戻ってからの書類仕事を思うと少々憂鬱になる。何せ半月音信不通であったのだからその量は相当なものになっているだろう。もっとも、最大の問題は如何にして陛下にその仕事をして頂くか、なのだが……頭が痛い。
「お前も俺様の部下ならそのくらいやって見せろ！ 何だこの料理は！」
ちなみに本日の夕飯のメニューは、焼魚――名前は知らないが――と肉ジャガ、青菜のおひたし、といったもの。
「何だと言われましても……特にリクエストがなかったので私が食べたい物を作ったのですが」
醤油注しが飛来し、景気良い音を立てて額に命中。幸運にも両者共に割れる事は無かったが。
「勝手にメニューを決めるな！ 馬鹿モンが！」
「……分かりました。ではご希望を仰って下さい。……ですが、普通の家庭で出来るようなものしか作れませんよ」
慌ててこちらにやってくるアリエス殿を片手を上げて制し、床に零れた醤油を雑巾で拭きながら溜息混じりに言う。
「よし、蟹だ！ 俺様は蟹が食いたいぞ。蟹シャブにしろ！」
「蟹は……無かったです。無いものは出来ません。……言っておきますけど近所に魚屋も無いんですから、買ってこいとか獲ってこいというのは無しですよ」
新たに無理難題を吹っかけられる前に先手を打っておく。現在こちらに向かっている連中に頼む訳にもいかないし。それとも、砂漠にドラクなど棲んでいただろうか？
が、そういう理屈で大人しくなる陛下ではない。
「何ぃ！ 貴様も俺様の部下ならそのくらいやれ！」
「何と言われようとも、不可能は不可能、です」
「じゃあ、ハンバーグ。あたしハンバーグが食べたい」
私の言葉を聞いて不満の声を上げる陛下を置いておいて、ハウセスナース殿が要望を述べる。
「ハンバーグ……ハンバーグね……。出来ますけど……陛下もそれでよろしいですか？」
確認する私になおも文句タラタラだった陛下であったが、結局了承してくれた。やれやれ。
まあ、緑軍が来てくれれば、おさんどんの真似事もそれまで。本業の方に専念出来るというものだ。
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援軍の緑軍及び親衛隊他がシャングリラに到着、したのだが……。
リッチでうし車を掻き集めてこちらに急行したは良いが、途中脱落者が続出。到着したのは約半分の三百名余り。多くは“道”から車が脱輪したり、うしが暑さでへばってしまったらしいが……。普通の街道ならともかく、場所は砂漠である。脱落者に死人が出なければ良いのだが。後で聞いたところ、それを見越して回収用の一隊を後続させておいたそうである。
しかし、大方の連中が目を回しているかへばっている中で、何故か全く平気な人間が一名。
「おうさまぁん！！」
「ぬおぉっ！？」
……後はまあ、いつもの通り。
「……何なの、アレ？」
陛下とプロムナード将軍の後姿を見送りながら呟くハウセスナース殿に、私は苦笑する。
「まあ……彼女は少々事情がありまして。詮索は御容赦願います」
そう答える私の顔を暫く見上げていた彼女だが、
「……いいわ。何も訊かないであげる」
肩を竦めながら――その外見には似合わない、大人びた仕草だったが――そう言ってくれた。私はもう一度苦笑すると軽く礼を言い、もう一人の方に視線をやる。予想に反してというか、アリエス殿は少し困ったような顔をしていたが、それでも笑顔で陛下の背中を眺めていた。……うーーむ。
「……どうでもいいが――」
そこに掛かる新たな人物の声。
「――すまんが、水をくれんか？」
振り返ると、今にも死にそうな顔をしたグレックが蹌踉きながら立っていた。
その言葉に現状を思い出した私は、慌ててハウセスナース殿とアリエス殿に水を持って来てくれるよう頼み、自分は消耗の激しい者から室内に運び込みに掛かった。
「――ボルゴＺとそこの刑務所の警備部隊の概略はこんな所だが……出来るか？」
日のある内に早めの夕食を終え――陛下は何故か出てこなかったが――一服しながら、私はグレックに尋ねていた。見掛けは猪突猛進型の単純男に見えるが、こいつは無茶はする事があっても不可能な事はやらない。おまけに戦術レベルでの判断力は、私より遥かに勝る。だから、ボルゴＺの襲撃の可否の判断を頼んだのだが、
「……他の軍では無理だな」
グレックは唸りながら言う。無論、街を陥すのならまた別の意見があるだろうが、今回の目的はそれではない。
「だが、俺達――緑の軍なら可能だ」
「……そうか……」
面白そうに笑うグレックを見て、私は肩の力を抜いた。緑の軍はその設立の経緯の為か、冒険者や傭兵上がり（或いはその経験者）が多い。斯く言うグレックもその一人である。
その為、他の軍と比べて不正規戦闘に強いであろうと私も判断していたが、グレックにもそれを保証してもらえた訳だ。これでこいつが否と言えば、また別の手を考えねばならない所だった。……そうなったら陛下が騒ぐ事になったろうが。
「と言っても、演習も何も無しにやる事になるんだ。ただ突っ込む訳にはいかんぞ？」
「ああ、リーザス城の方から可能な限り情報を送ってもらっている。それと見当殿が現在偵察に行ってくれている」
「それと、親衛隊の嬢ちゃん達には、ちと荷が重いと思うぞ」
「彼女達はシャングリラの警備とバックアップに廻ってもらおう」
「他に手配りは？」
「……燐寸を可能な限り用意しておいた」
「……ふむ、その辺抜かりは無いか」
「当然だ」
不可能では無いとは言え、楽な仕事でもない。こちらの葬式を出したくなければ手抜きは出来ない。それに面倒事は今回の実戦でのものに留まらない。
「他にも問題があるのか？」
私の様子を察してグレックが尋ねてくる。
「……常に問題は大有りだ。今回は政治・戦略レベルで少々な……」
「そいつは俺の手に余るな。そっちの方はお前に任せる」
溜息混じりの私の言葉に、グレックは重々しく頷きながら、しかし至って気楽にそう言ってくれた。そうは言っても、こういう事を考えるのも、本来なら私の仕事ではないのだが……。
「それに……」と、溜息を吐く私の顔をグレックが覗き込む。
「何だ？ そんなに厄介な事なのか？」
「ああ、いつだって厄介なもんさ。感情って奴はな」
「感情？」
「……軍議になれば判ると思うぞ。多分……グレクニー隊長辺りがな……」
「ふん？」
まったく、人間理屈だけに従えるなら楽なのだが。もっとも、それでは世の中が詰まらなくなってしまうのも確かだ。困った事であるが。
私の予想通り、軍議は些か荒れ模様となった。
まずは、現状と今回の戦いの目的を説明した後、基本的な作戦の提案を行なった。この辺までは眉を顰める人間が何人か見られるに留まったが、目的の人物以外の扱いに話が及ぶに当たって異議を唱える者が出た。
「……要するにこういう事？ 彼等を囮にするってわけ？」
低い声で私に確認するグレクニー殿。他の者は――女性陣は責めるような目で私を見ており、男共は――特に緑軍の四人は少なくとも消極的には私の案を支持している様だった。ちなみに陛下はまあ……目的の人物以外どうでも良いらしい。
「ええ、その通りです。彼等には精々派手に逃げ回って、ヘルマンの目を引き付けてもらいます」
「ちょっと！ そんな事をしたら彼等が無事で済む筈が無いでしょう！」
グレクニー殿は机を叩かんばかりに声を上げる。
「でしょうね。それが何か問題でも？」
「な、なんですって！？」
平然と答えた私を彼女は睨み付ける。
「では、お訊きしますが、貴女は彼等をどうしたら良いと？」
「それは……彼等も連れて逃げれば良いでしょう？ それに、彼等の中にはヘルマンの現体制に反対する政治犯もいるわ。その人達はリーザスの役に立ってくれるでしょう？」
その程度の事は私も考えないではなかったが、直ぐに捨てざるを得なかった。
「残念ですが、あそこに収容されている囚人達は政治犯に限りません。いや、寧ろ刑事犯の方が多い。それをどうやって選り分けろと？
それに、ヘルマンは――正確には宰相のステッセル・ロマノフですが――本当に危険な人物は、直ぐさま処刑してしまっています。したがって、あそこにいる政治犯は二流以下の者です。はっきり言って、リーザスが抱え込むだけの価値はありません」
もっとも、生残る為に小者を装っている者もいるかもしれないが……そう言う人間は我々が手を貸すまでも無く自力で生き延びる才覚はあるだろう。
私の言葉にグレクニー殿は口を噤む。尚も、何か言いたそうではあったが。
「いや、価値が無いどころか、危険ですらあります。自由都市地帯に軍主力を向けている現状で、ヘルマンとの戦端を開く事がどういう事か判らない訳ではないでしょう。今回の襲撃では我々は正体不明の集団として振舞うべきで、その為には彼等という物的証拠を抱え込む事は出来ません」
リーザスが関与したという証拠があれば、ヘルマンは間違い無くそれを開戦の口実とする筈である。シャングリラはこちらが押さえてある以上、ヘルマンはバラオ山脈越えのルートしか使えない。それでも現在自由都市と魔人を相手にしている状況で、これ以上敵を抱え込む訳にはいかない。
「……でも、いくら誤魔化したところで、私達リーザス軍が関っている事は直ぐにばれると思うけど……」
「でしょうね」
やや力無く言葉を紡ぐグレクニー殿だったが、私は軽く肩を竦めて続ける。
「ですが明確な証拠が無ければ、誤魔化す事は出来ます」
ただ、ヘルマンも必要とあれば証拠を捏上げる事くらいはするだろうが。
「いずれにせよ、ヘルマンとは戦う事になるでしょうが……それでもそれまでの時間は稼げます」
そこで言葉を切り列席者を見回すと、大方は（頭では）納得しているようだがそれでも不満の色は消えない。人間としてその気持ちは間違ってはいないが、それでも我々がリーザスの禄を食んでいる以上、まず責任を取るべきはリーザスに対しての筈である。ここで納得してもらわねば困るのだが……。
納得していない人間の筆頭であるグレクニー殿が、それまで無言で踏ん反り返っていた陛下に目を向ける。
それを見て、私は内心慌てざるを得なかった。陛下が私と彼女と、どちらの言葉に耳を傾けるか……火を見るより明らかだった。まあ、私の意見が頭から否定される事は無かろうが。
が、二人のどちらが何か言うより早く、新たな声が聞こえた。
「……つまり、囚人達の身の安全を保証出来る何かがあれば……納得すると言う事かな？ グレクニー隊長」
その場の全員が顔を向けると、腕を組み目を瞑ったイリューシン殿がもう一度口を開いた。
軍議とその後の準備を終え、ぽっかりと空いた時間に剣を振るっていた私の耳に、近付いて来る足音が耳に入る。そちらに目を向けるとグレックが立っていた。
「……どうした？」
「別に……ただの散歩だ」
手を止め尋ねる私に、ぶっきらぼうに答える。態々探しに来たのが丸分かりの態度に苦笑し、私は再び剣を振るい始める。その様子を暫く黙って見ていたグレックだったが、やがて口を開く。
「素振りだけじゃ退屈だろう。久しぶりに手合わせしてみるか？」
それを聞いて、また剣を止めた私は今度は身体ごと向き直る。
「……止めとく。今の俺とお前じゃ力の差があり過ぎる。練習にならんどころか、下手すりゃ身体を痛める」
「遠慮するな、ちゃんと手加減してやる。怪我などさせんよ」
「ま、待て！」
ニヤリと笑いながら背中から剣を抜き、足を踏み出したグレックに私は慌てて後退しながら叫んだのだが……
「アル……お前、弱くなったんじゃないか？」
ものの数分で地面に転がされた私に、グレックが声を掛ける。
「……腕は落していない。……こっちのレベルが上がらんで……お前のレベルが遥か上になってしまっただけだ」
短時間の攻防――いや一方的な防戦で息を上がらせた私は、憮然として答える。レベルに差があっても何とかする手が無い訳でもないが、こっちの手の内を知っているグレックにそれは通用しない――訓練で使えるような手でもないし。そうなるとレベル差は圧倒的な壁となって立塞がる。尻餅を付いて荒い息をする私は、ただその事実を噛締めるしかない。
「この剣……借り物なんだが……」
普段使っているマチェットだけでは頼りないかと、貸して貰った剣に出来た幾つもの刃毀れを見て見て私は溜息を吐く。
「それは済まん事をしたな」
あまり済まなそうでも無く、笑みを含んだ声で言いグレックも腰をおろす。私が呼吸を整える間、奴も無言で空を見上げる。
「……今回、お前が来る事も無いと思うが……」
やがてポツリと漏らしたグレックに、私は肩を竦めて答える。
「言い出しっぺだからな。それにこの手の仕事は何度か経験してるからな。役に立たんという事は無いだろう」
「……火付けに慣れてる、って言うのも困ったものだと思うが」
二人顔を見合わせて苦笑する。
それが止むと、また暫く静寂がその場を支配する。
「……それと、だな」
珍しく言い淀む。
「何か、俺の事をとやかく言う連中がいる……か？」
特に女性はそうだろうな、と軍議の時の様子を思い出し、私は内心で考えながらグレックが言おうとした事を言葉にする。
「分かってるんならな……」
「構わん。この仕事――陛下の副官になった時から、そう見られる事は覚悟している」
他にも「虎の威を借る狐」とか「腰巾着」などと思われる事は当然と言える。
「……こっちにその気は無くともな。実際にまあ、それなりに汚れた事もしているし……。ま、今更だな」
「……いいのか？」
「良いも悪いも……それも俸給の内だ」
半分唸りながら言うグレックに、私は軽く笑いながら答える。イザという時には憎まれ役、嫌われ役を務める事は。
その答えに返ってきたのは深い溜息混じりの声。
「まったく……少しは誤解を解こうとか、嫌われないようにしようとか思わんのか……？」
「別に誤解されよう、嫌われようと思っている訳じゃないが……態々人に好かれる努力をするのも面倒だしな」
「…………その性格、どうにかならんか？」
「三十年近く掛けて出来た性格を変えるなんぞ、それこそ……面倒だ」
「お前は…………」
ガックリと項垂れ盛大な溜息を吐く様子を見て、私は笑ってその場に寝転んだ。暫く頭を抱えていたグレックも、私に倣い背中を地面に預ける。
そのまま二人で星空を見上げていたが、突然別の事を口にする。
「そう言えば……お前と組んで仕事するのも久しぶりだな」
「そうだな……十年かそこらにはなるか？」
「ああ、そんなとこだ」
その頃の事を思い浮べると、よくもまあ今迄命があったと思わないでもないが。しかし考えてみれば、当時散々こいつの無茶に引き摺り回された事に慣れたお蔭で、今現在陛下の無茶苦茶に何とか付いていけているのかもしれない。
「……怪我するなよ」
「無理だな。こういう時、俺が無傷で済んだ事は無いのは知ってるだろ」
「だったな。なら……死ぬんじゃないぞ」
「その程度の事なら任せておけ」
それを聞いてグレックは苦笑し、腰を上げる。
「じゃあ、俺は先に休む」
言って歩き出す背に私は声を掛ける。
「……済まん。気を使わせた」
「なら、後で奢れ」
「ああ、そうさせてもらう」
手を振るグレックに、私も手を挙げて応えた。
まったく、私の友人などにしておくには勿体無い奴だ、とつくづく思う。
ＬＰ３／７／１８
ボルゴＺに向かう途上で、偵察に出ていた見当殿と合流。彼女が目的の人物を救出出来ていたなら手間は無かったのだが、流石に無理だったようだ。
だが、必要な情報はしっかり持って来てくれた。
それを元に最後の打合せを行なう。
まずはヘルマン側に察知される事なく、街に侵入出来るかどうかだ。
ＬＰ３／７／２２
１９日深夜、砂漠に設定した集結地に支援・援護要員として親衛隊を中心とした人員を残し、緑軍はボルゴＺに潜入した。これが北にある国境の街ログＡ・Ｂならそう簡単にはいかなかったろうが、要衝でもない辺境の街では――だからこそ刑務所などが置かれたのだろうが――その警備レベルは左程のものではなかった。ましてや砂漠を越えてやって来る者がいようとは、流石に思う者もいまい。
リーザス軍である事が丸分かりになる色付きの鎧を脱いだ将兵は、事前の計画通り街の各所――警備部隊の駐屯基地、市庁舎、警察、倉庫街等――に散った。
私自身は主力と共に街の外れ、砂漠の間近にある刑務所の方へ。無論の事、そこに陛下が加わっていたのは言うまでも無い。
逸り立つ陛下を抑えながら、少々離れた場所で待つ事暫し。やがて街のあちこちで火の手が上がり、夜空を赤く染める。そして、目の前の刑務所でも。
しかし、急造の時限装置だったにしては――それなりにタイムラグはあったが――割と正確に動いてくれたようだ。
「……しかしお前さん、いつもこんな物を造っているんじゃあるまいな？」
刑務所の正面門に向かって走り出しながら、隣でイリューシン殿が苦笑しながら私に話し掛ける。
「まっさか……。火遊びは疾うの昔に卒業しましたよ」
それを聞いて、彼は更に笑い声を上げ足を速めた。
突然の火災に、詰所にいた衛兵達も慌てふためいていたようだったが、それでも押寄せてくる集団に程無く気が付いたようだった。もっとも、その発見は些か遅かったようだ。
集団の先頭には当然ながら陛下の姿があった。陛下は律儀にも誰何する衛兵を問答無用で斬捨てると、門扉に向かって必殺技を放った。
まさかとは思ったが、轟音の後に巻起こった土煙が晴れると、半分壊れかけた――頑丈な筈の――扉が見えた。陛下が更にニ三度蹴りつけると、それは音を立てて地面に倒れた。
中の様子が明らかになると、そこには尻餅を付いた見当殿がいた。奇襲に先立って刑務所内に潜入し放火を行なったが、それを終えて門を開けようとしていた丁度その時に、陛下が門を打ち破ったらしい。
「あ、あっぶないじゃない！ いきなり何するのよ！」
「やかましい！ さっさと案内しろ！」
「……こっちよ」
ペタンと座り込んで抗議する見当殿を蹴飛ばしそうな勢いで、陛下が喚き立てる。それに押されたのか彼女もそれ以上は言わず、立ち上がって踵を返し走り出した。私はイリューシン殿とノースロップ殿に合図し、それに続く。陛下は……まあ、指揮どころではないらしい。
刑務所内の衛兵は確かに数は多かったが、あくまでもその役目は囚人達を監視し、それを逃がさないようにする事である。その彼等が火に追われ煙に巻かれて大混乱に陥った所に緑軍の兵士が突入すると、一方的な戦いになった。元々こちらは彼等を鏖殺するつもりで突入したのである。遠慮会釈無く目に付いた所に火を付けて混乱を助長し、衛兵達を刃に掛ける。同時に片端から牢を破り、囚人達を解放していく。
特製カクテルの瓶をそこかしこに放り込んでいた私は、頃合を見て周りの兵に声を掛け脱出を促す。それに応ずるように兵達は声を掛け合い、出口に流れ出した。ここまで状況が混乱すると、果たして事態を管制出来るか不安であったが、流石に緑軍の将兵は歴戦の猛者揃いである。事前の打合せと自身の判断により、殆んど遅滞無く退いていった。
「陛下は？」
建物を出てると門の確保をしていた兵に短く尋ねる。
「つい先程戻られました」
「そうか……それで、目的の人物は？」
「はっ！ 女性を二名、お連れになっておられましたので、無事救出に成功されたと……」
「？ ……二名？」
目的はシィル・プラインなる女性だけではなかったのだろうか、と私は首を捻った。ひょっとしたら、途中で気に入った女性を拾ってきたのか、とも思ったがその時はそれ所ではなかった。
最後の班が脱出し、囚人達が我々とは別方向に誘導されていったのを確認すると、私も殿に付いて走り出した。
集結地点に辿り着いて点呼を取り、全員が戻ってきた事が判ると、取るものも取敢えずうし車に乗り込み、直ぐさまその場を離れた。暫くは砂煙を上げない程度に、ある程度街から離れたら夜という状況が許す限りの速さで。
夜明けが近くなった頃、漸く行き足が止まった。
車が止まると、皆――特に襲撃に参加した緑軍将兵は這い出すように車から降り、地面にへたり込む。今回留守番だった親衛隊隊員が彼等を手当てするのを見ながら、改めて現状を調べた。
死者は無し。流石に怪我人はそれなりに出たが無事に収容出来たようだし、それも手持ちの薬で手当てが出来た。主力は元より、陽動は事態を混乱させる事が目的であり、必要が無い限り戦いを避けたからであるが。
私自身といえば、やはり無傷では済まなかった。と言っても数箇所を斬られただけで、それも態々血止めもするまでも無い程度だった。まあ、死んだ相手からしたら、『その程度がどうした』といったところだろう。
それらを確認すると、私は陛下の所に向かった。なにせ状況が状況だった為、陛下とは別の車に乗る事になってしまったので。
そちらに行くと、陛下が見知らぬ女性二人を抱え上機嫌でいた。女性――と言ってもどう見ても十代後半の“女の子”ではあったが。
「陛下」
「ん、何だ？」
「まずは作戦成功おめでとうございます」
「おう、まあ俺様に掛かれば、このくらい当然だな！ がはははは！」
いつになく機嫌良い高笑いが上がる。
……今回は“指揮”したとは言い難いが……取敢えず置いておこう。
「兄ぃ、そいつ誰？」
「うむ、こいつは俺様の部下の……」
陛下にしがみ付いた方が私を見て尋ね、それに答えかけた陛下だったが、そこで言葉を区切り眉根を寄せる。
「……おい、お前……なんて名前だっけ？」
……こけた。思わず。思い切り。
何とか身体を起こして陛下の顔を見たが、どうやら本気で言ったらしい。
こめかみに汗が流れるのを自覚しながら、口を開く。
「……副官のアルフィアス・ハイアットです。以後お見知りおきを」
そう挨拶しながら、陛下の下に付いて数ヶ月、名前で呼ばれた事がない――「お前」とか「貴様」などと呼ばれ――のに思い当たる。……まあ、いいけど。
「で、そちらの方が……」
私が目を向けると、
「あっ、あたし、ソウル・レス。よろしく！」
先の女性が元気良く声を上げ、
「あの……私、ランス様の助手――ひんっ」
横に控えていたもう一人は、陛下に小突かれ小さく悲鳴を上げる。
「――奴隷のシィル・プラインです……」
手甲を嵌めた手で殴られては流石に痛かったのだろう。涙目になりながら、訂正し自己紹介するのを聞いて私は小さく苦笑した。
が、シィル・プラインの名と、陛下の彼女に対する態度に違和感を感じて首を傾げる。
「で？ 何か用なのか？」
少々考え込んだ私は陛下の声に我に返った。そして気持ちを切り換え、現状の報告とこれからの予定を告げ、陛下が鷹揚に頷くのを確認するとその場から離れた。
皆からやや離れた私は、改めて考えを巡らす。
最初に目通りした時、「全世界を俺様の物にする」と言い放った陛下。
シィル・プライン殿の消息を聞いた時、殆んど取り乱したと言って良い陛下。
その彼女に打って変わって乱暴と言える扱いをする陛下。
「……つまり、そう言う事なのか？」
思わず思考が声に出る。
「陛下にとっては……彼女を取戻す事こそ最も大事な目的で、世界征服なぞついでしかなかったという事か？」
知らず笑いが漏れ、次第にそれが大きくなる。
笑った。
これ程腹の底から笑ったのは何年ぶりだったろう。
無茶苦茶な話だ。
無茶苦茶であるが……何故か心地良かった。
私の笑い声が聞こえたのだろう。戻った私に将兵が奇異の目を向けてきた。
が、私は全く気にしなかった。
これまでも陛下の副官となったのを後悔した事は無いが……どうやらこれからも楽しくやっていけそうだ。
もっとも、私の考えなんぞを耳にしても、陛下には鼻で笑われるだろうけれど。
シャングリラに戻った後、最後まで偵察の為残っていた見当殿の報告、リーザスからの連絡、ヘルマンの一般報道の傍受等によると、今の所ボルゴＺの襲撃犯は正体不明という事になっているようだ。
いずればれるだろうが暫く――数ヶ月、出来れば半年程度は時間を稼ぎたい。その為に苦労する事になるのはアマリリス殿だろうが……まあ、私も他人事のように言ってなどいられないだろう。
ま、それもいいか。
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