自由都市・ＪＡＰＡＮ編 〔６〕
ＬＰ３／７／２３
シャングリラに帰還した緑軍は、今日一日休養となった。
陛下は……昼前から“ベッドの上での運動”に励んでいたようだが――置いておこう。今更であるし。
皆が其々に休みを取るその中で、私はそれに混じる事も出来ず、雑務の海に浸かっていた。辛うじて溺れる事は無かったが。
リーザス城との諸連絡。シャングリラを兵站基地とする――これはハウレーン将軍が担当する事になった――為、先遣の白軍士官との打合せ。ハウセスナース殿の面倒を見てくれるよう、グレクニー隊長と相談し、親衛隊員からその要員を選抜する。その他諸々。
せめて、リッチへの帰路では何事も無い事を切に願う。
道中何も無ければ、うし車の中で休める……。
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我々がリーザスを留守にしていた間、プロヴァンス将軍はアイス・ジフテリアを陥落させている。これにより自由都市地帯の過半――そしてその背骨を制したのだが、
「え〜〜いっ！ バレスの奴め、俺様の留守中に全部片付けておく事くらい出来んのか！」
……それに満足しない人もいる訳で。
シャングリラで連絡が回復して直ぐにその状況を報告した時は、プライン殿の事があり陛下も何も言わなかったのだが、リッチに戻って改めてそれを聞くと不満の声を上げた。
一方で、陛下の言葉を聞いていたハウレーン将軍も、何とも言い難い顔をし、私も内心で溜息を吐いた。
「……陛下がシャングリラに滞在中、完全に音信不通だったんです。プロヴァンス将軍が慎重になったのも当然でしょう」
おまけにリーザスに待機していた兵力も、こちらに備える羽目になっていた。その状況で二都市を陥としたのは、可能行動の中で最大限のものだろう。こちらの事情については、緘口令が布かれていた事もある。
その事を説明すると、陛下はなおも文句を言いながらも引き下がる。
「――現在、侵攻軍はラジールにて再編中ですが……。直ちに次の都市――カスタム攻略に向かわせますか？」
「ふむ、カスタムか……」
私に次の行動を尋ねられた陛下は、顎に手を当てて唸る。
「よしっ！ 俺様が直々に陥としてやる。なにせ、俺様の女達がいる街だからな！」
言って、愉快そうに高笑いする。そう言えば、陛下はカスタムと縁が深いらしい。
しかし、ここからラジールに向かうとなると、結構時間が掛かる。約半月程だろうか。
まあ、これまで連戦を続けていた侵攻軍にはいい休養になる。それに、軍を動かさないからと言って、何もしない、出来ないと言う訳でもない。だから、それはいいのだが……。
リーザス城へ戻ると思っていた私は、これによって起こる面倒を想像して頭が痛くなった。一番厄介なのは、これをリーザス城の方に伝えるだった。
……実際、これを伝えた時、アマリリス殿からは少々長い沈黙が返ってきた。今頃、リア様が暴れているのではないかと思うと、気の毒である。
結局、緑軍と親衛隊はラジールに向かい、白軍はリッチに留まる事となる。それについてハウレーン将軍と話し合ったが、どうも彼女は今度の仕事にあまり乗り気では無い。華々しい活躍とは無縁であるから無理も無いが、その仕事の重要さを思えば不満を抑えてもらうしかない。
表向きはリーザス及び新領土西部の治安維持、という事になっているが、最重要なのはシャングリラの整備の他、リーザス＝リッチ＝シャングリラの兵站ラインの確立、ヘルマン・ゼスへの偵察、そして対諜報戦。他にもやるべき事は幾らでもある。楽には程遠い――いや最前線に出るより厄介な任務の筈だ。その事を説明して、何とか納得はしてもらったが……。
だが、舞台裏的な仕事では確かに白軍の士気にも関る。アマリリス殿と図って、それなりの手を打って貰う事にはした。しかし、こういう事は陛下の口から言って頂ければ一番良いのだが、それを期待するのは無理というものか。
大体、私の仕事なのか、これは……？
今日もそんな具合に、ほぼ一日中仕事に追い回されたが、それでも夕方には僅かに時間が空いた。御蔭で街に出て、留守中出ていた新刊と古本を何冊か手に入れる事が出来た。
これぞ文明。そんな所か。
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この街の住民の一人が「情報を買ってもらいたい」、とやって来たのは午後になってからの事だった。
勿体振って「陛下に直接」と言うので御前に連れて来られたが、陛下の方は男などに興味を持つ筈も無い。だが、情報は確かに興味深いもの――魔人に関するものであった。だが、陛下がそれに支払った価は僅か１Gold。陛下に直接売った方が高く売れると思ったのだろうが……考えが甘過ぎる。魔人についての情報は手近の役所に届けるよう布告されているのだから、そちらに行った方がましだったようだ。
男は当然ながら不服のようだったが、陛下に凄まれるとあっさり退散。流石に気の毒なので、何とか予算を捻り出してそれなりの金を払おうかと思ったが、余程怖かったのか誰も止める暇も無くどこかに消えてしまった。
一応、情報の提供には然るべき代価を与えるべきだが、かと言って密告を奨励する事になっても困る。この辺り、加減が難しい。しかし今回、当人が諦めたようだし……ま、いいか。
だがまあ、それは取敢えず置いておいても良い事である。問題だったのは、
「よしっ、直ぐに行くぞ！！」
と言い出す人物がいる事だった。
まず確認、然る後にメガラス殿かサテラ殿を呼寄せるよう言ったのだが、陛下は私を殴り倒して出て行ってしまった。『魔人の一人くらい』と考えたのだろうが……。それでも、話にあった町外れの小屋に陛下が着く前に、私は何とか手配りを終え幾つか準備をすると追いつく事が出来た。
引連れてきた緑軍の兵の一隊を件の小屋の周囲に展開させ、陛下とプライン殿と私、他二名の兵が、現れたメアリー・アンという老婆に室内に通された。その彼女だが、確かに魔人を知っているようではあるが仲間やスパイというには程遠い雰囲気であり（武装兵に囲まれ、陛下を前にして平然としていたのは、何とも良い度胸と言うべきか）取敢えず今日のところは話だけ聞いて……となるかと思われた。
しかし、望まぬ事態は望まぬタイミングでやってくる。この時も。
陛下が単刀直入に魔人の事を訊こうとした時、表からかなり大きな物音と怒号と悲鳴が聞こえてきた。中の人間がそちらに気を取られ扉の方へ顔を向けるのと、ほとんど同時に扉が開け放たれ何者かが飛び込んでくる。
全身に雷を纏い、髪を逆立てた男。話に聞く魔人レイに間違いなかった。
私が魔人の気に当てられて一瞬意識を飛ばしかけた間に、陛下とレイは臨戦体制になっていた。遅れて剣を構えた兵士達を抑え、半歩前に出る陛下。プライン殿も狼狽気味ながらも戦いに備える。
その空気の中、何とか気を取り直した私は、恐怖に鈍る頭を何とか動かして事態を収める事を考えていた。時間にして十数秒、状況が動く前に結論が出た。
魔力を片掌に収束させ、それを後にいる老婆――メアリー・アンに向ける。
「……そこまでにして頂けますか？」
「っ！？ 貴様っ！」
私が声を掛けると、直ぐに私の行動の意味を悟ったレイは殺気の篭った視線をこちらに向けた。身体から噴出す電光の量も、一気に増加する。
怖い。叩き付けられる殺気に全身から冷汗が滲み出し、股間が情けない程縮み上がる。全身の筋肉がこの場から逃げ出そうと震えているのに、一歩も動く事が出来ない。
だが、恐怖は私にとって昔から馴染みの深い感覚だった。それなりに付き合い方は心得ている。それが嘗て無く大きなものであっても、良く知ったものであるには違いなかった。
いつものように、恐怖を感じながらもそれを突き抜けてしまうと、頭も身体も曲りなりにも働き始める。
「……私を殺しますか？ ですが、そんな事をすれば陛下に背を向ける事になります。……おまけにここで暴れたら、メアリーさんも無事では済まないと思いますが」
「ぐっ……！」
「ついでに言っておきますが、これは火炎瓶です」
異常な程滑らかに言葉を紡ぎながら、ボルゴＺ襲撃時の余り物を見せる私に、レイは歯軋りして唸る。自分の力が、閉鎖空間での戦いには過剰である事を自覚しているのだろう。陛下もこの時何か言っていたようだが、流石にそこまで気は回らない。
「で……提案なんですが」
「降伏しろと言うのかっ！？」
「いえ、休戦です」
それを聞いて、今にも襲い掛からんばかりだったレイが訝し気な顔になった。
「休戦……だと？」
「はい、話を聞いて頂けますか？」
私がそう言っても、レイは気を抜く様子は無い。彼は我々を油断無く睨みながら、気遣わし気な視線を老婆に向け、彼女も心配そうにレイを見る。どちらもが相手を気遣うその様子に、どうやら考えた通りと私は確信した。
「……話って何だ？」
レイはそう口を開いた。が、
「こらっ、貴様！ 勝手な事をするなっ！」
陛下が騒ぎ始めるのを、私はプライン殿に目配せして抑えてもらう。……気の毒な事に殴られていたが。
後で怒りをぶつけられるであろう事は分かっていたが、取敢えずそれは考えないようにして、私は魔力を散らし瓶を床に置くと、レイと話し始めた。
「……貴方が魔人ケイブリスと非友好的な関係である事は知っています」
そう切り出して様子を窺うが、特に反応は示さないので――全身から溢れるような雷の量は減ったが――そのまま続ける。
「にも関わらず、ケイブリスに荷担しているのは……こちらのメアリー・アンさんの事があるからではありませんか？」
「…………」
なら、連れて逃げるという選択肢もあったろうが……それをこれまでしなかったのは、“出来なかった”のだろう。絶える事無く噴き上がる電光を見ると、何となくその理由の想像が付く。
「で、こちらは彼女の安全を保証する。貴方は我々に敵対しない。そんな所で手を打ちませんか？」
「どうするつもりだ……？」
「取敢えず、リーザス城内に御二人の部屋を用意しますが」
既にリーザスは来水殿を保護している。それと兼ねるようにすれば手間も掛からない。
とは言え、それはこちらの都合であって、相手からすればまた別の見方になる。
「……人質と言う訳か！？」
「そう思われるのも当然でしょうね」
またも吹き上がる量を増した電光に冷汗を流しながらも、小さく吐息する。
「ですが、貴方自身が付いておられれば宜しいですし、何かあれば私を真っ先に殺せば良い」
別に死にたくなど無いのだが、私には差し出せる命は自前の物しかない。「そんな物、要らん」と一言で却下されても仕方なかったが、相手はそれを吟味するかのように無言を守る。
彼の力ならば、ここで陛下以外の人間を一掃する事はさして難しい事ではない。だが、この時・この場所で戦う事は、その力故に不可能だった。
卑怯と言われても仕方が無い。だが、弱者が強者に抗うには、真っ当な手段だけではどうにもならない。とは言え――そもそも、通常の「知恵」「勇気」「努力」「根性」といったものが通用しない魔人の方が、一般人にしてみれば「卑怯だ」と喚きたくもなる。無論喚いても疲れるだけなので、やる気は無いが。
ともあれ、こちらが出せる札を出し、相手の反応を待つ。二人の安全を保証する代わりに、中立を保つ。取引きとしてはそれ程悪いものではないと思うが、この理屈には穴――というか問題が一つある。
それは、二人の安全を守る為には、ケイブリスとやらを打倒せねばならないという事である。メガラス殿などから話を聞く限り、ケイブリスがいずれは人間界に腕を伸ばしてくる事は間違いない。
まあ、陛下の事であるから、たとえ相手が手を出してこなくとも、嫌でもぶつかる事になるだろうが。それでも、最終的にケイブリスを倒す事が叶わなければ、二人の安寧は永久に訪れる事は無い。もっとも目の前の老婆に、神様のお迎えが来ればその限りではないだろうが。――真に失礼だが、何時来てもおかしくないようにも見えるし。
その辺りの事は、言わずとも分かっているのだろう。魔人レイは油断無く、そしてどことなく胡散臭気にこちらを睨みながら、慎重に私の言を吟味しているように見えた。
一時、電光の弾ける音が支配する室内で、その彼に掛けられる声が一つ。
「レイ……」
その声の主は……言うまでも無い。掛けられた方は、目線だけを僅かにそちらに向ける。
互いを気遣うその様子は、その外見のギャップさえ考えなければ、長年連れ添った夫婦そのものだった。
だが、何れにせよ、天秤の片側に錘が一つ乗ったのは確かなようだった。
「……メアリーの安全は、絶対に保証してもらうぞ」
「……無論」
私は短く答えた。……口の中が粘ついて、口が動かなかった所為でもあるが。
目立たないように何度か深呼吸し口の中を湿らせてから、振り返る。
「では、陛下。そういう事で……」
振り返った先に、不機嫌を全身に貼り付けた陛下がいた。
不覚と言うか当然と言うか……その瞬間まで、陛下の事を脳内から綺麗さっぱり飛ばしていた。抜き身のままの日光を、今にも私に向けて振り被りそうな気配に、再び冷汗が噴き出し始める。
「えっと……」
「ラ、ランス様〜〜……」
「…………」
更にもう一言、何とか口にしようと思った私の目の前に、大量の星が突然現れた。
一拍おいて、頭部を襲う激痛。
日光の刃峰で頭を殴られた（陛下からすれば“撫でた”程度だろうが）と認識したのは、憤然とした陛下が足音高く部屋を出た後だった。その間、私は言葉を発する事すら出来ず、蹲り頭を撫で擦って苦痛を堪えるしかなかった。
「……という訳で、陛下のお許しも頂きましたので、以後宜しくお願いします」
「……あ、ああ」
暫くして痛みが半減してから私がそう言うと、先程までの交渉相手は毒気を抜かれた体で頷く。
それに頷き返し、立ち上がろうとしたが、
「っ！？」
立ち上がれず、またしても尻を床につける羽目になった。
「……何やってるんだ？」
「はぁ……。どうも、腰が抜けてしまったようで……」
どうやら交渉で気力を使い果たしたところに、打撃によるダメージを食った所為らしい。……いや、流石にこれは気不味いと言うか、恥ずかしいと言うか……はぁ。
結局その後、私を気にして残ってくれた兵士に家の外の守備を任せ（中に居たくなかったようであるし）、私自身は茶を御馳走になりながらアマリリス殿への手紙をしたためる事になった。しかし、招かれざる客である私に茶を出すなど……本当にいい度胸をしている。魔人と平然と付き合えるなら、それも当然かもしれないが。
そうして待っていると、程無く新たな客人が訪れ、再び緊張した空気が漂う。
相変らず無口無表情なメガラス殿と、警戒心を解かない魔人レイ。私はその間に何とか入り込むと、メガラス殿に「二人をリーザスの客として遇する」事と、「レイはケイブリスからは離れるが、ホーネットには組みしない」事を説明する。その間も終始沈黙したままであったメガラス殿だが、やがて独り言を漏らすかのように「分かった……」と呟いた。
「……ホーネット様には、私から伝えておく」
そう続けたメガラス殿に、私は知らず溜息を漏らし、魔人レイも取敢えず緊張を解く。この様子なら何とかなりそうそうだった。
その後、リーザス城へ移る為の打合せをしたが、その際、待つ間に思い付いた「メアリー殿の死亡を偽装」する事を提案した。何時までも、それで誤魔化しきれる訳でもないだろうが、時間稼ぎにはなるし、何よりそれによるデメリットは殆んど無い。
それに対し「縁起でもない」と顔を顰める魔人レイだったが、それでも連合いの安全の為とあれば否は無い。渋々ながら承諾してくれた。
後は、こっちで出来る事は私が片付けて、リーザス城での事はアマリリス殿に任せるしかないが……ま、何とかしてくれるだろう。ついでに、頼み事を一つメガラス殿にしておいた。
ともあれ余計な死人が出なかった事は、喜ぶべきだと思う。
とは言え、それで「めでたし、めでたし」というわけでもなく、宿舎に戻ってから一暴れがあった事は……今更書くまでもない。
ＬＰ３／７／３１
またしても、プアーで食糧不足による暴動発生。
前日行軍中、その報が入った時には、今度も穏便に済ますかと思ったが……。ホトケの顔も三度と言うが、陛下は一度で十分らしい。麾下の軍の一部をもって、直ちにプアーに急行する事となった。
まあ、それはそれで構わないのだが、我軍がプアーに向かう途上のこのタイミングで報せが来た事に、これが“不自然”なものである可能性も考慮し、私は見当殿に先行して様子を探ってもらう事にした。これが旧貴族の策謀によるもの、という事も有り得、その場合、陛下を討つ為に伏兵を置いてあるかもしれないからだ。
結論から言うと、その心配は杞憂に終わった。
何らの妨害も無く本日午前中にプアーに到着すると、率いていた部隊の半数を街の包囲に回し、陛下自身は街の中心にある広場に集まり騒いでいた市民に向かい、突撃を開始。
忽ち追散らされる市民達。何となく嬉々として刀を振り回しているように見える陛下は、打ち合わせ通りグレクニー隊長に任せておく。彼女が付いていれば、陛下もそう無体な事は出来ない。
「ランス君、殺しちゃ駄目よ！」
という彼女の声に苦笑しながら、私は一隊を率いて市庁舎に向かった。
慌しい中を、時にこちらを問い詰める者も無視し、見当を付けて都市長の執務室に行き、扉を蹴破るようにして入り込む。中にはその部屋の主と思われる男の他に二三人がいたが、突然の乱入してきた私達に驚き、揃って目を見開いた。
私は背後で兵士達が剣を抜き放ち、切っ先を都市長達に向けるのを確認すると、意味の無い音を漏らす彼等に、出来るだけ冷たく聞こえるように声を掛けた。
「先月こちらに送った物資を、貴方達が横領・隠匿したのは分かっています。どこにありますか？」
どうせその辺りだろうとは思ってはいたものの……実のところ、証拠も何も無く――まあ、彼等が揃ってやけに身奇麗な格好をしていた事が“状況証拠”と言えなくも無かったが――単なるハッタリをかましただけにも関わらず、彼等は私の言葉に膝をつくと、許しを乞い始めた。どうやら、こちらがこれほど早く、かつ強硬な手段に出るとは思わなかったらしい。周章狼狽の挙句、こちらが細かい事を聞く前に、隠匿場所は元より共犯者まですっかり話してしまった（罪の擦り付け合いとも言うが）。
私は兵士に彼等の拘束と市庁舎を封鎖を頼んだ上で、共犯者達の逮捕と隠匿物資の確保に向かった。
それまで暴れるだけ暴れて（幸い怪我人だけで、死人は出なかった）満足した体の陛下は、報告を聞くと忽ち不機嫌になった。私は怯える都市長達を前に処分を尋ねたが、
「全員死刑だ」
の一言だった。
泣き喚いて許しを乞うた彼等だったが、誰も助命を願い出ようとするものはいなかった。無論私も含めて。
すぐさま処刑の準備が始められ、彼等は日の高い内に（公開で）縛り首となり、他に財産は没収。年頃の（美人の）娘がいた場合、彼女達はハーレム行き、という事に相成った。
それは良いのだが、広場で物資の分配が行なわれているその隣で、死体がブラブラ揺れていると言うのは、中々にシュールな光景だった。……臭くもあったし。
しかし、今回はハッタリが大当たりだったから良かったものの……。間違っていたら、頭を下げて何らかの補償をせねばならなかった。まあ、結果良ければと言う所か。
ＬＰ３／８／１
今日の事は……何と言ったら良いのか……
まだ、混乱している。一つずつ書いていってみよう。
その男が陛下に謁見を求めてきたのは、私が昨日の騒ぎの後始末の為、もう一つ身体が欲しい、などと思っていた時だった。脳の処理能力が一杯々々になっていた所為か、彼の顔を見、名乗りを聞いた時、正直いって固まった。しかし、そのお陰で驚愕が顔に出ないで済んだかもしれない。私はそのまま九割方機械的に、陛下に取り次いだ。
むさ苦しい大男と聞いて興味を無くし掛けた陛下だが、連れの二人が年頃の美人である事を知ると、直ぐに相好を崩し彼等を呼ぶように命じた。
ガンジーと名乗る暑苦しい中年男が口上を述べるのを上の空で聞きながら、男の後ろにいる女の子二人を何を考えているか丸判りの目で見ている陛下。男の言う事などまるで聞いていなかったが、結局彼を女の子の“おまけ”として雇う事になった。
それは良い。――いや良くないのかもしれないが……
あの男は、自分の正体がバレないと思っているのか、本気でっ！？
あの濃すぎる性格と顔！ 鬱陶しい程の巨体！ おまけに「ガンジー」と言うのは本名だろうがっ！？
一般人ならともかく、俺は仮にも情報畑出身の人間だぞっ！？ そう言う人間が、リーザスにいないとでも思っているのかっ！？ おまけに奴が国政を放り出して、自国は元より他国をも歩き回っているのは、知っている人間は知っている事だぞっ！？
何を考えているんだっ！？ 本気と言うより正気かっ！？
いやまあ、それはともかく……そう、ともかく、だ。
まずは彼の身元を確認するのが先決だ。そもそもアレが「本人」であるかもまだ分からない。双子の兄弟かも知れないし（そんな情報は聞いた事がないし、あれ程濃い人間が早々いるとは思えないし）、ゼス特製の魔法生物の類かもしれない。
しかし、厄介なのは御供の二人は忍びとしての訓練を積んでいるとの事（ガンジー本人が公言している）。見当殿にもそれとなく探ってもらうつもりだが、迂闊なマネも出来ない。或いはリーザス城にでも送って、アマリリス殿に押付けるのも手だが……目を離すのも厄介。
まったく、なんつー扱いに困る親父だ。
……もう、今日は考えるのは止めだ。アマリリス殿には既に連絡はしたし、後は明日当人と話してみて対応を決めるしかなかろう。一晩寝て頭を冷やせば、少しは頭も働いてくれるかもしれない。
ＬＰ３／８／２
ロックアースに向かう途上、時間を見つけて、それとなくガンジー殿と話をしてみたが……お陰で益々頭痛が酷くなった。……勘弁してくれ。
彼に「軍の指揮を望むなら、リーザス城に行って部隊を編成してもらわなくてはならないが、どうするか？」と訊いたところ、「今暫くランス王の御側に居たい」との事。一体何をとち狂って――もとい、どうして陛下にそこまで惚れ込んだのやら。情報では「正義バカ」で、陛下に惹かれる可能性は低いと思ったのだが。
「……先日見た、大義の為に涙を流しながら剣を振るうランス王の御姿！ その時わしは悟ったのです！ このお方こそ地上を統一し平和をもたらす、偉大なる王である事を！！」
「はぁ……」
涙を大量に流しながら力説するガンジー殿に、私は気の抜けた返事をした。昨日も思ったのだが、私もこの人物を相手にして、良くぞ表情を動かさないでいられるものだと思う。ひょっとして、顔面の筋肉が麻痺していたのかもしれない。
しかし、先日のアレ。私はあまり陛下の傍にいなかったのだが、あれは「気に食わないから」、「暴れた」だけだと思うが……。「涙を流した」というのも、大方目にゴミが入ったというのがオチだろう。そもそも陛下の本性はまあ……「悪人」だと思うし……。目の前にいる自分自身に酔いまくっているとしか見えない相手には、態々告げてやる義理もないので放っておいたが。
その後、鈍く痛む頭を抑える事も出来ないまま、雑談交じりに探りを入れる。しかし「ささやかながら、弱きを助け強きをくじき、人々が皆愛しあう様にする為の世直しの旅」をしている、と聞いた時は本気で頭痛薬が欲しくなった。知る限りでは、彼の故国は「不幸な弱者」が大半であり、彼等を助ける為の政策が取られているとは耳にしない。それを思えば、のんびりと「世直し旅」などしている暇など無い筈だ。……ひょっとしてガンジー殿は、彼等をそもそも「人間」と見ていないのか？
「しかし、貴方のお国も色々と問題が多い様子。……まずはそちらを何とかすべきではありませんか？」
「そんな事はありません！」
私の言葉をガンジー殿ではなく、御供の女性――スケート殿が遮る。
「そうですわ。何と言っても私達――ゼスの王様はとても素晴らしいお方ですもの。問題などある筈ありません」
熱り立ったようなスケート殿とは対照に、もう一人の女性――神楽殿がおっとりと続けた。顔を見れば分かる。二人が“本気”で言っている事は。
「これこれ、カクさん、スケさん……」
流石に絶句しかけた私の代わりに、ガンジー殿が二人を宥めた。頭を下げた二人に鷹揚に笑顔を見せると、私に語り掛ける。
「いや失礼した。あなたの言われる事、真にごもっとも。しかし、大事の前の小事。大義、親を滅すと申します。わしの力など小さなものですが、ランス王に御仕えして大義を世界に広める事こそ真の正義と知りましたのでな。はっはっはっ」
（そりゃ、アンタが単なる一個人なら、それも結構だがよ……）
内心で独言ちながらも、茶で喉を湿らせつつ「なるほど」と相槌を打った。
「いや、素晴らしい。感服いたしました」
頭痛が酷かった所為か、普段なら口にしない事を言ってしまう。そんな私の内心に気付いた様子もなく、ガンジー殿は満足気に頷き、スケート殿達は“うっとり”と言って良い目で彼を見遣っていた。
「それにしても、御三方とも随分とゼス国王を御敬愛していらっしゃるようですが……ゼスの国民は皆そうなのですか？」
「勿論です！」
とスケート殿。その姿は実に誇らし気だった。
「ゼスの人間なら誰しも王様を尊敬……いえ、尊敬しない者など、ゼスの人間ではありません！」
「いやいや……ゼス国王などランス王に比べれば月とスッポン。取るに足らない人物です」
「まあ、ガンジー様……」
私は、尚も口々に言う三人を眺めながら、
（こいつら馬鹿だ……）
と、思わず心の中で断じてしまった。
同時に“ゼス国王”を少しばかり気の毒に思う。こういう阿諛追従しか言えない輩（無論、本人達にそんなつもりは欠片も無いだろうが）しか侍らしていなければ、「問題」など見えては来るまい。そもそも、現役の国王が国政を放り出して諸国漫遊など……問題だとは思わないのだろうか？ どうしてもそれがしたいのなら、退位でもするのが筋というものだろう。ひょっとして、「身分を隠して旅する王」というシチュエーションに酔っているのか？
それに、連中が自分達の正体がバレていない、などと考えるのはゼス人――その魔法使いの通弊として、他国の人間を各下に見ている所為か。そもそも『世直し旅』などと言う代物自体が、無意識に自分を他人より上の存在だと見做している証左とも思える。
どうも、ゼス国王は陛下に負け劣らずの問題児（方向は、また違うが）らしい。やれやれ。
しかし……まあ、いいか――と言いたい所だが、そうもいかない。
いずれゼスとはコトを構える事となる。その時、ガンジー殿はどう出るか？
いや、それ以前でも問題は有る。迂闊な事は出来ないし、迂闊な事をさせる訳にもいかない。それとなく監視を付け、当たらず触らず適当な距離を保つしかあるまい。
全くもって面倒な。面倒が過ぎて私の手に余るようなら、アマリリス殿に任せるしかあるまい。……彼女には気の毒だが。
それにしても、こういう人物は、自分の「理想」に周りが合致している内は良いのだが、それから少しでも外れると「裏切られた」だの何のと騒ぎ出す事が多い。そもそも、その「理想」とやらは「願望」に過ぎず、その「理想」が――自分が間違っているなどとは全く考えない。自分の見たいものしか見ていないくせに、自分の目が正しいと思っている。そういう事態になった時の事も、考えておく必要がありそうだ。
何れにせよ、こちらに迷惑さえ掛けないでくれれば、それ以上言う事はない（無理っぽいが）。トラブルメーカーの王なんぞ、一人いれば十分な訳であるし。
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