どんな仕掛けになっているのか砂漠に現れた道を辿りシャングリラに到着。
着いて直ぐに違和感を感じる。街には人の気配が感じられないのだ。それどころか、まるで何十年も前に見捨てられたように見える。
宮殿に入ると流石に人が居たが、それでも違和感は無くならない。気が付けば見掛ける人間は若い女、それも美女ばかりである。無論他の人間は出て来ないだけかもしれないが、
外の街がああである以上人々は此処で暮らしている筈。しかし、人が居れば当然あるべきもの、生活臭というものがまるで無いのだ、此処には。それに彼女達も生気というものが感じられない。
どうやら此処は思っていた以上にヤバイ所らしい。見当殿――侍女という事になっている――に顔を向けると、彼女も気付いていたようでこちらに小さく頷いてみせる。陛下の方は……浮かれているようで、何も気にしていないように見えた。
シャングリラの主であるルチェ・デスココと会った後、私は部屋に下がらせてもらった。宛がわれた部屋でリーザス城と定時連絡を取ろうとしたところ、全く通じなかった。通常帯は勿論、緊急帯の念話もである。その後、宮殿の外に出たり、傍受に専念もしてみたがどれも同じ事だった。どうやら結界が張ってあるらしい事は見当が付いたが、今日のところはそれ以上どうにもならなかった。
取敢えず現状を陛下に報告しようとしたが、あちらは宴会の真最中。当然こちらの話など聞いてくれる筈も無い。見当殿にはそれを伝え、陛下の身辺警護に気を付けるよう頼んでおいたが……大丈夫だろうか。
昨日一日外部と連絡を取ろうと、やれる範囲で色々やってみたものの、全ては徒労に終わってしまっている。無論、シャングリラの人間に頼んでみても取り合ってはもらえない。
リーザス城の方でもこちらから二日も連絡が無ければ、異常事態である事を察知している筈だが、だからと言って向うからの援助は期待出来ない。援軍ないし救援部隊を送ろうにも砂漠を越える事はまず不可能。こちらで何とかするしかないだろう。考えてみれば、シャングリラからの念話は傍受出来ないことで有名――私の古巣では――だった。我ながら迂闊な事である。少し考えればこのような状況になる事に思い至ってもおかしくは無かったのだが。
陛下の方は相変わらず私の言葉に耳を傾けてくれるような状況ではない為、見当殿と善後策を練る事にする。
「……とまあ、現状はこんな所です」
「はぁ〜〜……」
私の説明に、見当殿は深々と溜息を吐く。その気持ちはよ〜〜く解る。
「で、どうするの、これから？」
「方針としては、第一に陛下の身の安全の確保、第二にリーザスとの連絡、ですかね。後は何とか此処を脱出するか、リッチに居る部隊を呼寄せるか……どっちにしたところで今の所は無理ですが。まあ、私はシャングリラを調べて外部と連絡出来る施設か結界用の施設を探しますので、見当殿は陛下の警護をお願いします」
「ランスなら放って置いても死にはしないわよ。私も調べる方に回った方が良いんじゃない？」
……「死んでも構わない」という気持ちが見え隠れする台詞である。確かに平和な時であれば王の一人や二人、死んだところで大した問題ではないのだが、
「言っておきますが、世界を相手に戦争を仕掛けているリーザスの現状では、陛下に何かあった場合少なからず混乱が起きますよ。対応を間違えれば最悪滅亡という事も……」
「うっ……」
流石にそれは嫌らしい。
「それに魔人達の事もあります。どうやらあちらでは人間に敵対的な一派が優勢らしいです。連中が魔物の世界を制圧したら、いずれ人間界に手を伸ばすでしょう。現在の三国鼎立した状況では、まずそれに対抗出来ない」
「……そうなったら、いくら何でも協力し合うんじゃないの」
「確かに、人間が如何に馬鹿であっても目前に脅威が迫ればそうなるでしょう。しかし、それでは恐らく遅すぎる。それを考えれば、陛下の『世界征服』というのも、強ち間違った事ではないんです。……ですから陛下は貴女が思っている以上に重要な存在なんですよ」
もっとも『世界征服』によって殺される人間にすれば堪ったものではないが。
「…………」
沈黙する見当殿。しかし陛下に対する感情はどうあれ、彼女とて魔王ジルの時代の再来は望むところでは無いだろう。やがて渋々といった感じで口を開き、半ば自棄になったように言う。
「分かったわよ。ちゃんとランスを守れば良いんでしょ」
「はい、よろしくお願いします」
言って彼女に頭を下げる。すると見当殿はどこか照れた様子で問うてきた。
「そ、それより調べるのは一人で大丈夫なの？」
「私も素人という訳ではありませんから。ですが手が及ばない時は頼みます。
……いざとなったらデスココを絞め上げる事を考慮しなければなりませんが」
「……初めからそうした方が手間が無いんじゃないの？」
「いえ…… 私から見てあのデスココも周りの女性も戦闘力がありそうにないですが、にも関わらず護衛のようなものが見当たらない。ならば、何か隠し球があると見た方が良いでしょう。それを見極めない内は、デスココに対するものも含めて強硬手段は避けた方が良いです」
「慎重なのね」
「臆病なだけです」
自分一人の事なら別なのだが。
「それより、見当殿の方こそ一人で大丈夫ですか？」
「うー…… 確かに私一人じゃ辛いかも……」
いくら何でもたった一人で四六時中、しかも何日掛かるか分からない状況で警護を続けるのは無理があるか。愚痴にしかならないが、無理をしてでも護衛の兵を連れてきておけば良かったと思う。私と見当殿だけではどうしても限界が……
そこまで考えて、もう一人、陛下に『同行』している事を思い出した。その事を見当殿に伝え、彼女と話を付けておくように頼んだ。恐らく彼女の事、何も言わなくともいざという時は陛下を守ってくれると思うが……
宮殿内で入れる所はざっと調べたが、らしき物は見付かっていない。
幾つかあった怪しげな所は魔法による施錠がされいるか、人が居る為調べられない。
しかし、その連中はこれまでに会った砂漠案内人と背格好や容貌――フードに隠れている為良く分からないが――が良く似ている、と言うか殆ど瓜二つである。おまけに気を付けて観ると、彼等も此処の女性達と同様生気が感じられない。御蔭で気配が感じられない為、気が付けば後ろに居る、という事が何度かあった。一体奴等は何者なのだ？
私が手を出せなかった所を見当殿に調べて貰ったものの手掛かりは無し。
そこで、とにかく此処に着くまでは連絡が出来たのだからと、シャングリラから離れる事を試みる。
しかし、幾らも行かない内にワームの類――恐らくハウレーン将軍の報告にあったシャングリラの番兵――が数匹のたくっているのが見えた。取敢えず襲ってくる気配は無かったものの、素直に通してくれる様子も無かった。
どうやら此処は客が勝手に帰る事を望まないらしい。
宮殿の周りの街――正確には街だった所――にも手掛かり無し。とすれば、やはり念話を妨害している何かは宮殿にあると見て良いだろう。
それにしても、この街にかつては人間が暮らしていた事は間違い無いようだ。彼等は一体何処に行ったのか。そして今現在宮殿に居るのは何なのだ？
「あーもー、ランスの馬鹿は！ こっちがこんなに苦労しているっていうのに！！」
ストレスが溜まっているのか見当殿が爆発。カップを手に苦笑しながらその様子を眺めていると、こちらに矛先が向いてきた。
「ちょっと！ 貴方どうしてそう平気な顔をしているのよ！」
「確かに疲れているところにあの宴の様子を見ると疲労が倍増ししますね。ですが宴に加わる事を強いられないから良いです」
「はぁ〜〜、どういう神経しているのよ貴方は」
失礼な。それに見当殿は気が付いているのか、私に思い切りタメ口を利いている。一応私は彼女より十以上年長なのだが。
「大体、いつもだってランスに無茶言われたり殴られたりしているのに、堪えた様子が無いし。おかしいわよ、絶対！」
何かエスカレートしてきたような……。ひょっとして、アノ日か？
「まあ、陛下がやっている事は、私にとって玄関先で騒いでいるだけの様なもので……。これが家の中に踏込んでくるようなら、それなりの対処をしますけどね。……お茶、冷めますよ」
それに陛下とは年が離れている為、余裕を持って見ていられるという事もある。言ってみれば年の離れた弟を持ったようなものだろうか。
「……もっとも私は男ですから陛下も必要以上に踏込んで来ないのでしょうが。いや、陛下にそっちの趣味が無くって良かったですよ」
「ふん！ 貴方の恋人がランスに取られてもそんな事を言ってられるかしら！？」
……そこまでされて大人しくしているような性格をしていたら、私は今此処にいるような事は無いだろう。それにしても見当殿は私の事を聞いていないのか？ アマリリス殿ならその辺の事情は調べてあるだろうが……意味も無く他人のプライベートを話す人でもないか。
まあいずれにせよ、
「……仮定の話には答えられませんよ」
と、誤魔化した。実際、限りなく０に近い可能性であるし。
しかし、いい加減見当殿も限界のようであるし、そろそろ本気でデスココを絞める事を考えた方が良いだろうか。
宮殿内を彷徨いている最中、突然人が倒れるのが見えた。駆け寄って調べてみると木の人形と化してしまっていた。一人だけではなくシャングリラの人間の悉くが。
慌てて陛下の所に向かうと、そこで見たのは滅茶苦茶になった室内に倒れ伏す人形と死体となったデスココ、そして一人の女性と抱き合う陛下。ついでに疲れた顔をした見当殿。
一体何があったのか見当殿に尋ね、デスココの秘密を知る事が出来たのだが……。はぁ、馬鹿らしい。人間は信じられない、でも一人では寂しい――で、街の人間を殺し尽くして、人形を侍らすとは……
それにしても他に願いはあろうに一人の女の子を選ぶとは、なんとも陛下らしい。
その後、女の子――シャリエラ・アリエス殿――が、リッチへの道を造る事が出来ると言うので、早速戻る事になった。その前に結界が消えているのを確認しリーザス城と連絡を行ない、陛下にはその報告を行なったのだが……
「……向うの現状は以上です。それとシィル・プライン殿の所在を確認した、との事ですが……」
「何ぃ！！」
シィル・プラインとは誰です？ と私が続ける前に陛下が掴み掛かってきた。
「どこだ！ シィルはどこにいる！！」
問われても襟首を掴まれるどころか、首を絞められて前後に揺すられる私に答えを返す事など出来る筈も無く。やがて陛下の叫びと、見当殿とアリエス殿の声が遠くになって行く事を自覚しながら私は闇に落ちた。
気が付くと私は床に寝ており、見当殿の手当てを受けていた。
「大丈夫？」
「……河の向うで親父とお袋が手を振ってましたよ」
流石に心配そうな見当殿に、取敢えず記憶の欠損や体の異常が無い事を確認してから軽口を返す。首筋を撫でながら立ち上がると、陛下の不機嫌そうな声。
「で、シィルはどこにいる」
……まあ、良いけどね。
「……ヘルマンの東南部、ボルゴＺです」
「どこだそこは？」
「バラオ山脈と砂漠に接する……このシャングリラから見て丁度東北にある街です」
「よし！ 直ぐに行くぞ！！」
「待ちなさいよ、ランス！」
場所を聞いた途端早速向かおうとする陛下と、それを慌てて止めようとする見当殿。そのまま二人が言い合いを始めたのを横目に、私はアリエス殿に尋ねる。
「アリエス殿、シャングリラの人間はリッチ以外の街とも行き来していたのでしょう？」
「はい。でも私が知っている呪文はリッチと繋げるものだけなんです」
そう言って彼女は済まなそうにする。
「あると分かっているなら探すまでです。まずはデスココの私室でしょうか」
「あ、でしたら地下に秘密のお部屋があります。私は行った事が無いんですが……」
「なるほど。ではそこを…… 陛下」
振返って見てみると、
「ええい！ 言う事を聞かない忍者にはお仕置きだ！！」
「いやっ！ 止めて！」
……何をやっているのだか、まったく……
件の部屋は割と簡単に見付かった。まあ、見当殿がいればこそだったが。
そして部屋の奥で私達が見付けたものは魔法装置の類ではなく、小さな女の子――正確には女の子の姿をした者――だった。
伝説の聖女モンスターの一人、ハウセスナース。
そして彼女の口から語られるシャングリラの秘密。
その様子を陛下の後ろで聞いていた私であったが、
「……ちょっと、何じろじろ見てるのよ」
「はい？」
私の視線が不快だったのか、ハウセスナースが声を掛けてきた。
「そんな珍しいものを見るような目で見ないでよ」
自覚が無いのかそんな事を言ってきた。実際はどんな珍獣にも優る存在なのだが。
「失礼。伝説とも言える聖女モンスターを目にするなど、初めての事なので」
取敢えず素直に謝っておく。
「ふふん！ 俺様は二人目だがな！」
「へえ？ あんた、あたしの他に聖女モンスターに会った事があるの？」
意外な事を偉そうに言う陛下に、ハウセスナースが尋ねる。これは私も驚いた。
「おう、ウェンリーナーって奴にな。俺様に懐いてくっ付いていたんだが、俺様を生き返らせた後暫く眠ると言って消えちまった」
聖女モンスターに懐かれるなどと、この人は一体どんな経験をしてきたのか。おまけに一度死んで生き返るなど、普通の人間に出来る事ではない。
「ふ〜ん…… あの子が……」
ハウセスナースも今迄とは違った目で陛下を見詰める。
「……で、どうするの？ あたしを自由にしてくれるの？」
問い掛ける彼女に、陛下は暫く考えていたが、
「ん〜〜、そうだな…… 逃がしてやっても良い。だが、俺様に協力しろ」
「……どういう事？」
「俺様は世界を征服する。その為にはこのシャングリラとお前の力が必要なのだ」
些か虫の良い陛下の要求に、それでもハウセスナースは直ぐさま拒否する事は無かった。やがて、
「いいわよ。もう暫く此処にいて、砂漠に道を作れば良いんでしょ。どうせ、あたしにとっては数年ぐらい大した意味は無いし」
「よし、契約成立だ！ ……で、どうすればこの鎖は外れるんだ？」
その後ハウセスナースの鎖を解いた私達は宮殿の外に出た。久しぶりに太陽を見たのか眩しそうにしていた彼女だったが、陛下に促されるとボルゴＺへの道を作った。もっとも呪文すら唱えなかったが。
「はい、出来たわよ」
「よーーし！ 行くぞっ！！」
「待ちなさーーい！」
で、繰り返し。
「……何なの、こいつ？」
いや、まったくねぇ……
取敢えず見当殿がボルゴＺに偵察に行くことで、陛下には何とか納得してもらい――見当殿には気の毒だが――一応騒ぎは納まった。
見当殿がボルゴＺに行っている間、残った我々にもやる事が無い訳ではなく、まずは後始末である。人形となった者達は空いていた部屋に安置した。こちらは陛下も手伝って――ただし女性のみ――くれたのだが、問題はデスココだった。
陛下は無論、
「デブの醜男の死体なんぞ触れるか」
と言って我関せず。……一体誰が死体にしたのだか。
女性二人にも頼む訳にもいかず、結局私一人が片付ける事になった。
見付けてきた台車二台にどうにか死体を乗せると、半ば引き摺るようにして宮殿の裏に持って行った。一体何sあったのやら……もし台車が無かったら、解体して運ぶ羽目になっただろう。
外に出た時は私も疲労困憊で、死体をその場に放り出し風葬か鳥葬にしてやろうかと、半分――いや八割方本気で考えた。実際はそれから何とか穴を掘り死体を埋めたのだが、その墓は……私が子供の頃に作った「金魚の墓」よりはマシなものだった、と書いておこう。
日暮れ近くなって漸く宮殿の中に戻った私を、休む間も無く陛下が追い立てる。
「腹が減ったぞ。夕飯はまだか！」
「…………」
食事を作れる人間が私以外に居なかったのだが、流石に私もまともに料理をする気が起きず、薄切り肉と野菜を茹でて冷やしたものとその煮汁をベースにしたスープで済ませてしまった。陛下は文句を言っていたが、今日はこれ以上は勘弁して貰いたい。はあ〜〜。