「ハウレーンはまだシャングリラを陥せないのか？」
「まだです。……と言うか、まだ砂漠にも入っていません」
謁見の間で玉座に踏ん反り返って座っている陛下が尋ねてくる。どうやら退屈しているらしい。
「だああああ！ こう、パッと行ってサッと片付ける事は出来んのか！？」
「そうよ、そうよ。あんた何とかしなさい！」
王妃と二人揃って無茶苦茶を言う。
「……それが出来るのなら古今東西の軍が苦労していません」
先年のヘルマン第三軍によるリーザス城奇襲のような例外もあるが。
「ううーー、むむむむむ」
唸り出した陛下を見て心の内で警報を鳴らす。これ以上陛下を退屈にさせておくと碌な事にならない。何とか陛下の気を逸らさねばと思ったが、私が何か考え付くより早く、
「よし！ 俺様も出掛けるぞ！」
と宣った。
「あ〜〜と、シャングリラに行くおつもりですか？」
「ランス王、それはお止め下さい」
私とアマリリス殿が其々言う。幸いこの場には私だけでなく彼女もいる。彼女なら私などより余程上手く陛下を説得出来る、そう思ったのだが。
「ふふん、誰がシャングリラに行くと言った。ちょっと演習とやらに行くだけだ」
それで、シャングリラ「方面」に行くという訳だ。これにどう対応しようかと私が――恐らくアマリリス殿も――迷っている内に陛下が玉座から立ち上がる。何か言われる前に消えようというつもりだろう。
「そういう訳だから、直ぐに準備しておけよ。がはははははっ！」
「あん、ダーリン、リアも一緒に行きたい！」
「お前は留守番だ」
「ぶうーー！ つまんなーーい！」
謁見の間を出て行く二人を見送りながら、傍にいるアマリリス殿に話し掛けるでもなく私は口を開き、彼女は頭痛でもしているかの様な声でそれに応える。
「……悪知恵が働きますね……」
「……ええ、昔から」
「……そうですか……」
まあ、リーザス城に残留している部隊は、緑軍を始めとして全軍が即応態勢にあるから何時でも出られるには出られるが……。はあ。
昼前にラジールを包囲したプロヴァンス将軍から、ラジール側が降伏の条件として一ヶ月の猶予を求めてきたとの連絡があった。陛下に伝えたところ、「即時」降伏のみを認めるとの事。
確かに戦闘で生じる損害や、その後の始末に掛かるものは無視出来ないが、一ヶ月の足止めで潰される時間も相当に貴重なものである。どちらを取るべきか微妙なところだが、逆に言えば陛下の判断に特に異を唱える必要もないという事だ。
それを伝えられたプロヴァンス将軍は直ぐさまラジール攻撃を開始し、夕刻前にはラジールを降伏に追い込んだ。
陛下が「演習」を行なう事を決めた翌日、既に緑軍と親衛隊はリーザス城外にいる。
迅速な対応と言うべきだが、意図も目的も伝えていない。その為、本日野営地にて軍議を行ない今回の目的を明らかにした。
一応、魔人に備えての哨戒を兼ねた演習という事になっているが、本当はハウレーン将軍への後詰めである事は、皆が解っているようだった。それについては別段反対意見は出なかった――軍人たる者、下された命令には従うのみと思っているのか――のだが、グレクニー隊長が「困ったものね」と言いたげな顔をしているのが目に付いた。……私も本当に困っているのだが……
軍議を終え皆が解散した後、陛下が何となく不機嫌そうな事に気が付いた。話し掛けてもまた面倒な事になるだけと黙っていたが、
「何で俺様がむさ苦しい野郎共に囲まれてなきゃならないんだ！」
結局爆発。軍議の列席者がグレクニー隊長を除いて男だけだったのが気に食わなかったようだ。こうなったら逃げる訳にもいかないし、放っておいても絡まれるだけと覚悟を決める。
「親衛隊がいるでしょう」
「それだけじゃない。俺様の部下は可愛い女の子であるべきなのに何故だ！ 何とかしろ！」
何で何時も私に「何とかしろ」と言うのだろうか。
「仕方が無いでしょう。元々軍に入ろうという女性自体が少ないのですから」
男が戦争という楽しい事を女に分けようとしないのか、女の方が戦争という馬鹿な事は男に任せておけば良いと思っているのかは判らないが。にも関らずリーザスには女将軍――副将だが――二人いたり、女性だけで構成される親衛隊が八百人もいる事は大した事だと思う。
「だったら、女の子を軍に入れろ」
「……簡単に言われますが、まさか無理矢理徴兵する訳にはいきませんし、志願してくるような女性は粗方親衛隊員として存在してますから兵士としてはこれ以上は……。ならば士官でしょうか」
「士官？」
「はい、士官学校の入学者に女子の優先枠を設ければ、まあ多少は……」
それをしたらしたで男子の方が僻みそうだが。
私の意見に何やら考え込んだ様子の陛下だったが、やおら顔を上げると言った。
「よし！ 女子士官学校を造るぞ！」
「女子士官学校？」
耳慣れぬ言葉に思わず問い返す。いや、意味は解るのだが。
「そうだ、俺様の美人の部下を養成するグッドな学校だ」
「はあ。……と言うと、士官学校に女子部を設けるという事ですか」
「違う。建物から新しく造るぞ。俺様の未来の部下達に相応しいグレートなヤツだ」
何だかなあ、といった感じである。まあ人手の方は、ゼニコンの連中がそろそろ病院――陛下がアマリリス殿に直接命ぜられた事ので、詳しいところは分からないが――を完成させるらしいから、彼等をそちらに回す事は出来るが。
「しかし、士官の養成は一朝一夕には出来ません。その上建物を一から造るとなると余計時間が掛かりますが」
もっとも、建ててる間に学校の中身の準備をしておけば丁度良いかもしれない。そもそも士官学校の養成期間は平時でも通常数年だし、促成教育としたところでそれなりに時間が必要であるからどの道彼女等が戦場に出るのは当分先の事である。
私の説明に不満気な陛下ではあったが、渋々といった感じで、
「分かった、その辺は任せる」
と言った……までは良いのだが、
「……しかし、一ヶ月でやれ」
「い、一ヶ月…… そんな無茶な……」
「一ヶ月と言ったら一ヶ月だ。出来なかったら許さんぞ！」
そう言い捨てて陛下は天幕を出ていった。
……許さないとは、どう許さないのだろうか。
事の次第はアマリリス殿に伝えはしたものの……あちらも頭を抱えているのではないだろうか。さて、どうなる事やら。
Ｍランドが降伏の意思を伝えてきた。別段、こちらから降伏勧告した訳ではないのだが。
「がはははは、何も言わん内から降参するとは利口な奴等だ。俺様の偉大さが良く解っているようだな！」
……少し違うと思うが、まあその辺を口に出す事はしない。
「ただ、都市長の運河女史より、その条件としてＭランドの存続を――遊園地としてのものですが――認めて頂きたいとの事です」
「ん？ 女なのか、そいつは？」
普通、男に『女史』という敬称は付けないものだが。とにかく陛下は降伏の条件よりそっちの方が気になるらしい。しかし、各都市の概要はちゃんと文書にしてお見せしてあるのだが……読んでないのだな、全然。
「本名、運河さより。Ｍランドの創設者である運河優太の妻。ただし、夫とは既に死別し現在は未亡人ですが。年齢は……確か27だったと。容姿はまあ、美人と言って良いと思いますが」
その次に来るであろう質問に先回りして答えておく。こう言えば陛下の事、当然、
「がははははっ！ よし、許してやるから、そのさよりさんに俺様のハーレムに入るよう伝えろ！」
という事になる。それは構わないのだが、一応言っておく事はある。
「よろしいのですか？ あそこは赤字経営が続いており、負債も結構なものと聞いていますが……」
これは良く知られている事であるが、陛下が知らないという事は十分ありうる。Ｍランドがあっさり抗戦の意志を捨てたのも、金が無い為まともに戦う事すら出来ないと判断した為だろう。Ｍランドを存続させるという事は、それが抱える負債をも引き受けるという事だ。後になってそれについて話さなかったと言われてはかなわない。
「ん〜〜、何だ、その遊園地はそんなに詰まらないのか？」
「別段評判は悪くないようです。ただ、客が少ない。恐らく入場料等が高すぎる所為でしょうが」
私自身はあそこで遊んだ事が無いが、雑誌で見掛けた所では一日遊ぶと結構な金額になるようだ。私だったらそんな金を出してまで行ってみたいとは思わないし、大多数の人間も躊躇するだろう。
そもそも、他の街の人間にしてみればＭランドに行くだけで一苦労である。自然、客は少なくなるし、客が少なければ値段を上げなければならない。値段を上げれば、客は更に減る。悪循環である。これが日帰りで遊ぶ事が出来るのなら客も入るのだろうが……まあ、今のところ不可能な事だ。
「こちらが経営を引継いだところで、それが好転する訳ではありません。こちらにとってそれなりの負担になると思いますが、本当にそれでよろしいのですね？」
「しつこいぞ。俺様が決めた事だ。さっさとやれ！」
重ねて問うた私に、陛下は苛立たしげに言葉を投げ付けた。
まあ、そういうことであれば私がとやかく言う事ではないが、何百万だか何千万の金と引換えに一人の女性とは、さてどんなものだか……。
リーザス城の方へ陛下の御意志を伝えて暫くすると、折返しＭランド側がその条件を受諾したとの連絡があった。
陛下はそれで満足だったようで、暫く愉しげな――何を考えているか丸分かりな――笑みを浮かべていた。やれやれ。
しかし以前、ＤＸの会がＭランドに手を伸ばしているという話をちらと聞いた事がある。無論それは慈善によるものでは有り得ないし、現在の子供の為の遊戯施設を続けていく気も無いだろう。大方、大人の遊び場にしよう、といった所か。
ただ金の事を言うのなら連中にＭランドを払下げて、その上がりの一部を納めさせる、というのも一つの方法なのだが……連中を肥え太らせる事も無いか。
プアーで食糧不足による暴動発生。
元々あの街は経済基盤が弱い上、この所の国内の混乱の所為で物資等の流通に負担が掛かっているらしい。
陛下に報告したところ、食料を送れとの事。
何か意外だ。
カンラの街が降伏したとの連絡があった。
これまでの所、大きな問題は無いのだが、それでも当初の予定より侵攻速度が遅い。
魔人がちょっかいを出している所為で、第二陣がリーザス城に留置かれ後詰が送れない事が大きな原因なのだが……。
だというのに、私達はこんな所にいて良いのだろうか？
マウネスに到着してゆっくり出来るかと思っていた所に、魔人ラ・サイゼルの襲撃を受けた。なんでこんな時にと思ったが、連中の事であるから、こちらを見付けて文字通り『態々』ちょっかいを掛けてきたのかもしれない。
緑軍・親衛隊は街の守備隊と共に応戦したが、相手は空を飛ぶ魔物――見た目エンジェルナイトだが本物ではないだろう――を配下に揃えて攻撃してきた為、通常の防御施設が役に立たない。しかし最初は戸惑ったものの、盾を揃えて相手の魔法攻撃を防ぎ、隙を見てはこちらも魔法や弓で応戦する。落ちてきた者は取り囲んで止めを刺す。元々こちらの方が数が多い事もあり、被害を最小限に抑えながら確実に敵を減らしていった。
だが配下の魔物はともかく問題は魔人である。何せいくら矢を射掛けようが魔法を撃とうが傷一つつける事が出来ない。精々の所、相手を辟易させ、攻撃を鈍らせるだけである。一応、封印結界を使える術者等を用意してはいるが、この状況ではどうにもならない。もう一つの魔人に対抗する手段である日光と、その使い手である陛下であるが……
「くっそーー！ 降りてきやがれ、この阿婆擦れ！！」
「ふん！ 悔しかったらここまで来てみなさい！」
「うがーーーー！！」
……などという声が聞こえてきたりする。
いかに魔人を倒す事が出来るとはいえ、所詮は一本の刀。刃が届かなければどうにもならない。陛下にしてみれば腹立たしい事であろうが、上空からサイゼルが撃ってくる魔法を躱すのが精一杯である。もっとも味方の援護があるとはいえ、あの攻撃を躱すだけでも大した物だと思うが。
そんな感じで数時間。魔物の大半は倒したものの未だ撃退する事は叶わず――サイゼルが自身は傷付かない為、退却するのを忘れているのか――戦闘が続き、サイゼルは相変わらず街の上空に位置して魔法の雨を降らせていた。
こちらの将兵が歯軋りしながらそれを見上げていた時、突如閃光が彼女を襲う。
サイゼルが上げたかもしれない悲鳴は、それに続く轟音に飲み込まれた。
空中でバランスを崩したサイゼルはそのまま地上に叩き付けられるかと見えたが、途中で体勢を立て直し再上昇する。どうやら先程のものは――残念な事に――掠めただけらしい。
一方“閃光”の方はそのまま飛び抜け、速度を落とし大きく弧を描いて街の上空に戻って来ると、そのまま未だ体勢が十分でないサイゼルに接近し斬りかかる。距離が離れている為顔形など見分けられるものではないが、あの薄紫色の身体は誰であるか見間違い様も無い。
どうやらサイゼルは接近戦が不得手らしくメガラス殿の攻撃に防戦一方となるが、何とか間合いを空けると魔法を放ち、メガラス殿がそれを躱した隙に更に距離を取る。無論メガラス殿はそれを許さず追撃しようとしたが、生残っているサイゼルの部下に阻まれ近付く事が出来ず、また彼を助けるべき部下のホルス達は未だ戦場に到着していない。地上から援護しようにもメガラス殿とサイゼルの部下が接近し過ぎていてそれも叶わない。後から考えればメガラス殿に通常の攻撃は通用しないのだから、遠慮なく魔法を放っても良かったのだが。
一方、メガラス殿から離れ一息吐く事が出来たサイゼルは、何やら捨て台詞を残すと身を翻し西の空に飛び去っていった。それを追おうとするメガラス殿にはサイゼルの部下が纏わり付いて邪魔をし、翼の無い我々地上の人間はただ彼女を見送るしかなかった。
戦闘中は大してやる事のなかった私だが――陛下が本陣に腰を据えていてくれたら別だが――戦闘終了すれば忙しくなる。将兵及び市民の死傷者や街の損害の確認とそれらへの対応、街の代表者達への説明や今後の対策の指示、リーザス城への報告と援助の要請、エトセトラ。今一つ副官の仕事ではないような気もするが、緑軍には幕僚団の体裁が整っていないので仕方無い。本来なら結成と同時にやっておくべき事ではあるが、陛下が周りに“男”を置きたがらなかったのでどうしようもない。こう考えると“女子士官学校”という話も強ち悪い事ではないかもしれない。もっとも、直ぐにどうなる物ではないから、取敢えずは使える女性を彼方此方から引張ってくるべきか。
それはさて置き、私が仕事を続ける本陣に、取敢えずの後始末を終えたグレックとイリューシン殿が戻って来た。
「御苦労さん。……って、何か不機嫌そうだな？」
手近の兵士に、二人に飲物を持って来るよう頼みながら尋ねる。
「……不機嫌にもなる。今回の戦いで俺達がやった事は、結局のところゴミ掃除みたいなものだからな」
グレックが唸るように答える。
今日のような戦闘の主役は弓兵と魔法兵であり、いかに彼等が練達の剣士であっても、相手が空にいて下りてこようとしなければ腕の振るいようも無い。それに地上に落下した敵の掃討に彼等を使うのは、鶏を裂くのに牛刀を用いるようなものか。とは言え、戦いで手段など選り好みなど出来ないし、するべきではないが。
「貴方の必殺技は使えなかったのですか？」
グレックの答えに苦笑し、私はイリューシン殿に声を掛ける。戦闘中それらしきモノは見えなかったが……
「弐武豪翔破は空中の敵を相手にする事を考慮していない」
こちらも憮然として答える。確かにあの技はその様な応用が効きそうに無い。「必殺技」全般に言える事だが、魔法のように望む方向に力を向けるという訳にはいくまい。
だが、いつまでも終わった事に対して愚痴や文句を言っているだけでは何も始まらない。それへの対策を立てることが重要だろうと、二人に話を向ける。
「しかし、以前魔人の襲撃を受けた街からの報告は読んでいましたが、実際に相対してみると予想以上に空飛ぶ魔物の集団というのは厄介のものですね」
「うむ、剣槍は言うに及ばず、弓矢や魔法も射程があるからな」
「バリスタ等も威力は文句無いのだが、取り回しが利かない。せめてもっと数を揃えなければ」
「こちらの対空用の戦術も確立していませんからねえ。まあ、相手も戦術と呼べるようなものを使っていないですから助かりますが」
建設的な話をしようとしたが、結局三人とも唸ったり溜息を吐いたりする事になった。
「こちらも空を飛べる者がいれば良いのだが……」
「そういえば、あの紫の魔人はどうした？ それに奴一人で来たようだが、奴には部下のホルスがいた筈だろう？」
イリューシン殿が呟き、グレックが声を上げる。
「メガラス殿一人で来た事に関しては、恐らく彼のスピードに他のホルス達が付いて来れなかった為でしょう。それと彼は既に帰りました」
「「帰ったぁ！？」」
異口同音に叫ぶ二人。
「メガラス殿――それとサテラ殿――はこちらの指揮下にありませんからねえ。“要請”は出来ても“命令”は出来ないんですよ」
頭を掻きながら二人に答える。陛下であれば、その辺り全く気にしないだろうが。
「はあー、それにしたってなぁ……」
嘆息するグレックの気持ちは良く分かる。私の方も今後彼等とこちらの地上兵力の連携を取る為にも話をしておきたかったのだが。
「それと、問題は魔人だな」
「うーーん、アレは反則だぞ。こっちの攻撃が結構当たっていた筈なのに平気な顔をしていやがった」
確かにこちらの方が問題だ。ダメージを与えられないなら、せめて動きだけでも封じられないだろうか。鉤縄を引掛けるとか網で絡め取るとか金縛り系の魔法を使うとか……。こういったものも連中には通用しないのだろうか。メガラス殿達で試してみる……訳にはいかないか。
その後、二人に輪を掛けて不機嫌そうな陛下が戻って来た。
出来れば今日の報告をしたかったのだが話し掛けるのは止めておいた。私も好き好んで殴られている訳ではない。
18日夜半にシャングリラ攻略失敗の報を伝えて以来――複数の親衛隊員を連込んだ寝室に行く羽目になったのは流石にアレだが。まあ、コトが終わって寝ている時だったのは幸いだったのか――当然ながら陛下の機嫌はほぼ最悪の状態となっている。緑軍本隊より先行し、リッチでハウレーン将軍の帰還を待っている今もそれは変わらない。
考えてみれば陛下が即位して以来の戦闘で、初めての明白な敗北である。気持ちは解らなくは無いのだが……それでも言っておかねばならない事がある。
「よろしいですか。くれぐれもハウレーン将軍の責任を問う事はお止め下さい」
「…………」
組んだ足を苛立たしげに揺する陛下は、私の言葉に無言のままである。
「罠の可能性は初めからお伝えしました。にも関わらずシャングリラ攻略を決定されたのは陛下なのですから……。元を辿れば責任は……」
「煩い！ 黙れ！」
……予想通り殴られた。
まあ、ハウレーン将軍は女であるから、陛下もそう無茶な事をしないとは思うが念の為。ただ、陛下の寝室に連れ込まれるくらいは覚悟して貰おう。
ハウレ−ン将軍の部隊がリッチに帰還。
参加兵力四千人中、死傷者及び行方不明者が一割強。大半は砂嵐等によるものだそうだが、惨敗と言って良い。だが今回はこの程度で済んだのは上出来だろう。退却を素早く行ったのに加えて、シャングリラの案内人とは別にリッチ周辺で砂漠に慣れた人間を案内人として雇っておいたのが役に立ったらしい。予め警告はしてあったとはいえ、どうやら私はハウレーン将軍を過小評価していたようだ。
そのハウレーン将軍であるが、跪き敗戦を詫びる将軍に陛下は責任を問う事は無く、それどころか不機嫌な様子ながら労わりの言葉を掛けた。多少意外ではある。もっとも相手が男であれば陛下の対応は違ったものになったろうが。
その後、負傷者の治療と部隊の再編成を行なう間、後続の緑軍と親衛隊の到着を待つ事になったのだが。陛下がシャングリラを再攻略すると言い出さないか、私が気を揉んでいる時にシャングリラの案内人が現れたとの報告がきた。
殺気立った白軍の兵士達は案内人を取囲んで嬲殺しにしかねない様子であった。無論の事、彼を目の前に連れてこさせた陛下も。しかし、案内人の方はどういう神経をしているのか、その雰囲気に全く動揺する様子も無く恭しく挨拶の口上を述べ始めた。
彼によると今回の戦いはお互いの不幸な行違いによるものであり、シャングリラはリーザスに敵対する意志は持っていない。それどころかリーザスとは末永い友好関係を築きたい。ついてはその証として、陛下を「月の宴」に招待したい、との事である。追従、美辞麗句混じりのそれを聞いていた陛下はやがて機嫌を直し、私達が何かを言う前にそれを承諾してしまった。
案内人が下がって直ぐにハウレーン将軍が爆発。
「ランス王！ あのような輩の戯言をお信じになるのですか！」
口から唾を飛ばし陛下に噛付かんばかりに詰寄るハウレーン将軍。彼等の為に痛い目にあったばかりでは無理も無い。陛下にも責任がある事だが。お陰で私が口を出す必要も無い。
「……即刻身柄を拘束し、絞め上げるべきです！」
……いや、それは流石に拙いと思うが。
彼女の言葉を暫く黙って聞いていた陛下だったが、だからといってそう簡単に考えを変えるような人ではない。
「がはははは！ 奴等も俺様の偉大さが理解出来たという事だろう。問題無い！」
「……どこをどうすればそういう結論に辿り着くのですか……」
「何だと？」
思わずぼそりと呟いた私を陛下が睨み付ける。それに対しては惚けて、言うべき事を言っておく。
「いえ…… それより、私も将軍と同意見です。この様にあからさまに如何わしい招待など断るべきです」
「煩い！ もう俺様が決めた事だ！ 早速、明日出掛けるぞ！」
私の言葉に聞く耳を持たず、更に無茶苦茶を言い出す。
「明日って…… 緑軍がここに到着するのはどんなに急いでも明後日になりますが……」
「構わん、俺様一人で十分だ」
「お待ち下さい！ どうしてもと仰るのなら護衛を私の部隊がいたします。ですから御一人で行くなどと……！」
「いらん。俺様は世界最強だからな。それとも俺様より強い奴がいるのか？」
「そういう問題では……！」
何とか引き留めようとするハウレーン将軍を眺めていた陛下が不意にニヤリ笑う。
「ほほう、そんなに俺様の事が心配なのか、ハウレーン？」
「なっ！ わ、私は臣下として……」
からかうような陛下の言葉に将軍の言葉が途切れる。顔が赤くなったかどうかは――既に赤くなっていた為分からない。
「どうやら俺様の女としての自覚が出てきたようだな。可愛いぞ、ハウレーン」
「ち、違う！ 私はただ……」
先程の勢いはどこへやら。立ち上がって自分に近付く陛下に動揺しまくりの将軍。回れ右して逃げてしまえば良いがそれも出来ず、あっさりと陛下に抱き竦められてしまう。
「お、お止め下さい！ 他の者が……！」
おまけに体を触りたくられ抗議の声を上げるものの、
「む、それもそうだな。よし、寝室に行くぞ！ がはははは！」
陛下に抱き上げられて扉の外に。……日の高い内から何をやっているのやら。
後に残ったのは呆然とする私他数名。私はいい加減慣れたが。
まあ、ハウレーン将軍にはベッドの上で陛下に翻意を……とも思ったが、まずそれは無理だろう。実際、駄目であったし。
結局、済崩しで明日のシャングリラへの出発が決まってしまったが、私と見当殿の同行は認めてもらった。私達二人で何とかなるか判らないが、考えてみれば自然の脅威を前にしては万の軍隊を護衛に付けても大して意味は無い。腹を括るしかないが……陛下も御自分の立場と今の状況をもっと考えて貰いたいものだ。