ALL'S RIGHT WITH THE WORLD
拾参第話 B-Part
警報が鳴り響いているのは、発令所でも同じだった。
その音に負けないよう、受話器を顔に押付けた冬月は声を張り上げる。
「使徒っ……使徒の侵入を許したのかっ！？」
『申し訳ありません』
「言い訳はいい」
今度ばかりは、失態の責任はミサトには無い（あるとすればゲンドウや冬月だろう）のだが、そんな事に気付く余裕など無くミサトが詫びる。が、それを意識の半分で聞きながら、冬月は指示を飛ばした。
「セントラルドグマを物理閉鎖！ シグマユニットを隔離しろ！」
「……解っている。宜しく頼む。……警報を止めろ」
司令塔最上部にやって来て何処かに電話していたゲンドウが、それを置きつつ階下の青葉に命ずる。
「誤報だ。探知機のミスだ。日本政府と委員会にはそう伝えろ」
「は、はい」
慌しく働き出す人間達。
それとは対照的に、使徒は唯静かに己の存在を下へと伸ばしていった。
「部内警報Ｂ、汚染区域は、プリブノーボックスより更に下降。セントラルドグマのシグマユニット全域へと、広がっています」
「場所が拙いぞ……」
「ああ。アダムに近過ぎる」
司令塔にやって来た冬月に囁かれ、ゲンドウは次の処置を決断する。
「汚染はシグマユニットまでで抑えろ。ジオフロントは犠牲にしても良い。ＥＶＡは？」
「第七ケイジにて待機。パイロット回収次第、発進出来ます」
「直ちに退避だ」
「えっ？」
問い返した日向に繰返す。
「パイロットを待つ必要は無い。直ぐに地上へ射出しろ。初号機を最優先だ。その為にはその為には他の二機を破棄しても構わん」
それを聞いた者は違和感を覚えた。ＥＶＡの退避は良いとして、何故初号機が最優先なのか。無論、初号機が最大戦力である事は、十二分に承知しているが。
「初号機を、ですか？」
「しかし……ＥＶＡ無しでは、物理的に殲滅出来ません」
「その前に、ＥＶＡが使徒に汚染されたら全て終わりだ。急げ」
「「はい」」
不審な顔を向けても、ゲンドウにそう言われれば是非も無い。青葉と日向は、すぐさま乗る者のいないＥＶＡを地上に送り出した。
それを確認すると、司令塔の二人はやや落ち着きを取戻す。いつもの位置に立った冬月が、いつものポーズのゲンドウに尋ねる。
「さて……ＥＶＡ無しで、使徒に対しどう攻める？」
「まずは、隔離が先だ」
本部を出て地底湖にやって来たシンジの腕には、病院で調達してきた検査用スモックと毛布、更にどこからか見つけてきたロープが抱え込まれていた。一度は直ぐに湖に向かおうとしたのだが、今日の実験内容を思い出し、慌てて引き返したのだ。
岸に繋がれたボートにそれを持って飛び乗ると、モーターを始動し舳先を沖の目標に向けた。僅かに上下しながら漂うプラグに近付くとモーターの回転を絞り、惰性で進みながら舵を微調整する。
「…………」
シートに身を任せ瞑目していたレイは、何かがプラグにぶつかった鈍い衝撃に目を開けた。暫くおいて、規則正しいノックのような音がする。
身体を起こし、ハッチを開け外を見ると、そこには安堵を多量に含んだシンジの笑顔があった。
「綾波、大丈夫だった？」
「……ええ」
その顔と掛けられた言葉に、レイは安心感を覚えながら返事をする。そのまま、安定の良くないプラグから身を乗り出そうとするが、
「ちょ、ちょっと待って……！」
「？」
些か慌てた様子のシンジに止められる。
「まず、これを着ておいて。それと、プラグごと岸に引張っていくから、暫く待っていて」
「……分かったわ」
少し目を背け、押付け気味にスモックを手渡すシンジに、内心首を傾げながらも素直に返事をした。
「じゃ、もう少し待っててね」
そう言ってボートをプラグの基部に持っていくシンジを見送ると、ゆっくりと渡された物を着込む。
「――きゃーーっ！！ このバカ！ エッチ！ ヘンタイ！」
「……何だよ、いきなり出て来たのはそっちじゃないか」
少し離れた所からの騒がしい声を聞きながら、レイは膝を抱えるようにして丸めた身体をシートに乗せる。先程より、やや柔らかくなった顔を膝に埋めた。
元の場所に戻したボートから降りたシンジは、ロープを手繰ってプラグを引寄せる。
さしたる苦労を見せず引張るその様子を見れば、大した事の無いようにも思える。しかし、リツコなどが見たら絶句したかもしれない。パイロットを守る為にも当然であるが、その二本は相当な重量を持っているのだから。
しかも、かなりの速さで接岸しようとするプラグを、片足をアブソーバー代わりにして受止め、小揺るぎもしない。
完全に動きが止まるのももどかしく、ピョンと飛び降りたアスカを抱き留め地に下ろしたシンジは、続いてレイの方に手を差し伸べる。どうにも頼りない格好を気にするアスカの気配を背中で感じながら、掴んだ腕をタイミングを合わせて引いてやる。
シンジは地に足を付けた二人に毛布を渡そうとしたが、アスカがそれを受取りながら顔を顰めた。
「っ……。ねえ、靴は持ってきてくれなかったの？」
「……ごめん。気が付かなかった」
流石にそこまでは、シンジも気が回らなかった。一瞬呆けた顔をすると、困ったように頭を掻く。そのまま暫く、どうしたものかと考えていたシンジだが、思い付いてやおら身体を屈めた。
「きゃっ！」
「！！」
シンジに膝の辺りを抱えて持ち上げられ、悲鳴を上げるアスカと、声を出さないが驚くレイ。
「な、何すんのよ！？」
アスカは顔を真っ赤に染め、片手でシンジの肩に掴まりながらもう片方の手でシンジの頭をポカポカと殴る。
「しょうがないだろ。二人一遍にお姫様抱っこをするには、僕の腕は二本ばかり足りないんだから……」
まさか、荷物の如く肩に担いだり小脇に抱える訳にもいくまい。
殴る手を止め耳を引張りだしたアスカに、流石に顔を顰めながらシンジが言い訳した。
「……お姫様抱っこ？」
「後で教えてあげるよ」
小首を傾げて不思議そうな顔をするレイに笑いを含んだ答えを返すと、シンジは二人を自分の前腕に座らせるようにしてから本部に向けて歩き出す。
散々シンジの頭を捏ね繰り回して気が済んだのか、アスカは一度大きく息を吐き出した。
「……で、何がどうなっているワケ？」
「使徒に侵入された」
「……？ な、何ですってっ！？」
大した事無いように言うシンジに戸惑ったアスカだが、意味を飲み込むと声を大きくした。
「ど、どうしてっ！？」
「本部に搬入された資材にくっ付いて来たらしい。……まさか、こんな手を使うとは。しかもＮＥＲＶだけじゃなく、僕やファウストの目まで潜り抜けるなんてね……」
アダムとリリスの気配に紛れてしまったのだろうが、失態には違い無い。第３新東京に独自の監視網を構築する必要を感じながら、またも増えた仕事に内心で嘆息する。
「なに、呑気に言ってるのよ！ 早く戻らないと！」
シンジの頬を抓りながら叫ぶアスカ。
「…………戻っても、ＥＶＡが無いよ」
「……えっ？」
「初号機が汚染されるのは嫌だって、司令が地上に打ち出しちゃった。零号機と弐号機はついでにね」
そう言われると、アスカも黙らざるを得ない。シンジならともかく、自分やレイでは生身で使徒と戦うなど不可能である。シンジの髪を握って体を支える手に、力を込める。
シンジが足音も立てずに歩く事もあって、暫くは三人の周りに沈黙が降りた。
「……それにしても」
不意に出したシンジの声に、アスカとレイが顔を向ける。
「いや、緊急事態で忙しいのは解るけど、相も変わらずパイロットをほったらかしにしておくんだな」
この間の停電騒ぎと言い、こういう時に暇な保安諜報部に一言命ずれば済むだけの話である。ゲンドウにとっては、パイロットの価値がそれ程高くない事は承知しているが、「でも……」と続ける。
「司令にとって、アスカが死んでも構わない存在なのは今更だけど、綾波はもう替わりはいないんだから、これまでの使い捨てみたいな真似は出来ない筈なのに」
まさか、自分の把握していないレイのスペアがあるのか、とも疑うが、それなら今ここにいるレイを始末しようという動きが無いのは説明が付かない。無論、新たなクローンを作る事は可能だが、それではとてもではないが間に合わない。歩を進めながら、考えを巡らす。
二人に頭を抑えられている為、視線だけ動かしてレイを見る。
「司令は、綾波に何か言ったりする？」
本部にいれば、顔を合わせる事も皆無ではあるまい、と尋ねるが、
「……なにも」
「……無視してる、って事？」
「ええ」
感情の篭らない答えが返ってくる。
流石にシンジ相手と違って逃げるような事はしないが、最早ゲンドウはレイと廊下などで擦れ違う事（それも滅多に無くなった）があっても、目を合わせる事すらしない。もっとも、レイの方でもゲンドウを無視しているのだが。
「ふ〜ん……。綾波が怖いから、意識に上げる事をしないようにしている、って事かな……」
「怖いって……、あの髭が？」
シンジの呟きを聞き咎めたアスカが、今一つ納得がいかない声で尋ねる。常に他人を睥睨していなければ気が済まないような男の顔を思えば、無理も無いが。
一方シンジは、外見だけで騙される事は無いし、ゲンドウに注意深く観察の目を向けていた。「まあ、僕の推測に過ぎないんだけど……」と前置きする。
「綾波が自分に笑みを返さなくなった時――自分の意志を持った時……最早あの男にとって、綾波は恐怖の対象でしかなくなった」
出来れば排除してしまいたい。それが出来ないから、次善としなるべく意識に上げないようにしている。そういう事だろう。
苦笑交じりに「以前は、綾波に笑い掛けてたんだけどねぇ……」とシンジは言い、アスカはその様子を思い浮かべようとして断念した。顔を奇妙に歪めるアスカの気配に、シンジはもう一笑いする。
「人間誰しも、笑い掛けたら笑いを返して欲しいし、手を伸ばしたら手を握り返して欲しい。話掛けたら応えを返して欲しい。でも残念な事に、人間は好意に対して好意が帰ってくるとは限らない。或いは好意を抱いていたとしても、それを表せない事情だって在るかもしれない。歯痛で苦しんでる時に笑う事など出来ないし、両手が大荷物で塞がっている時に手を出す事など出来ない。口に何か含んでいる時に話す事など出来はしない。……あの男は、それすら許容出来ないのかも知れない」
そもそも“他人”というのは、自分の思う通りにならないから他人なのだが。
どこか疲れたようなシンジの言葉を、レイは黙って聞いていた。アスカの方は呆れの混じった声を出す。
「それって、唯のガキって事じゃない」
「そうだね。更に問題なのは、“拒絶”の仕方なんだけど……」
頭を僅かに上に向けて溜息を漏らす。
「思い通りにならないモノを怖がるのはいい。怖いモノから距離を取ろうとする反応も当然だと思う。もしそれが自分を実際に傷付けようとしたら、それを排除しようとするのも……まあ仕方無いかもしれない。でも、怖いというだけで、自分を傷付ける可能性があるというだけで、相手を傷付けるのは唯の身勝手。子供の理屈でしかない。でも、あの男がその為に振るう力は、子供が持つには些か大き過ぎる」
控え目過ぎる表現で、シンジは締め括った。
実際は“些か”どころでは無い。ゲンドウが“怖くない”ようにする為、これまでどれだけの人間が犠牲になり、これからどれだけの人間が犠牲になっていくのか。アスカとレイはシンジに掴まる手にやや力を込めると、進む先にあるピラミッドを黙って見詰めた。
アスカが『建前だけでも“人類の命運を懸けて”戦う組織の長が、そういう事で大丈夫なのだろうか？』、と今更ながら深甚な疑問に頭を掻き毟りたくなっていた頃、発令所ではアスカの悩みの元凶の指揮の元、本部に侵入した使徒との戦いが繰り広げられていた。
今迄のＥＶＡを用いた物とは様相を異にしてはいるが、モニター越しの戦いであるのはいつもの通りである。ただ、今回はシンジ達に頼るというのは、不可能であるが。
当初、酸素濃度差による汚染の度合いの違いに着目し、オゾンを注入する事で一旦は進行を止める事が出来たかと見えたが、使徒は忽ちの内にそれに適応。更なる増殖力を以って、汚染域を拡大していく。
サブ・コンピューターがハッキングを受けたのは、その最中だった。
以前のハッキング騒ぎ以来、バージョンアップしていた筈の防壁も大して苦にした様子も無い侵入者は、人間ではなかった。
発光する身体を電子回路の如く変化させた使徒。
誰もが唖然としたが、使徒は彼等に手を休める暇を与えなかった。遂にはその触手をＭＡＧＩの伸ばす。
「メインバスを探っています。このコードは……やばい！ ＭＡＧＩに侵入する気です！」
「Ｉ／Ｏシステムをダウンしろ！」
それに気付いた青葉が顔色を変えて叫び、ゲンドウは『汚染を受けるよりは』と機能停止を決断する。
「カウント、どうぞ！」
「３……２……１！」
青葉と日向が取り出した鍵を足元の鍵穴に差し込み、タイミングを合わせてそれを捻る。それで停まる筈だった。が、彼等は絶句する。
「っ！？ 電源が切れません！」
「更に侵入！ ……ＭＥＬＣＨＩＯＲ、使徒に接触！ ……駄目です、使徒に乗っ取られます！！」
青葉の声に、マヤの報告が被さる。
「ＢＡＬＴＨＡＳＡＲとＣＡＳＰＥＲのシンクロコードを１５秒単位に変更！」
「了解！」
前回の教訓を生かし先手を打って他の二基のロジックモード変更を指示するリツコ。それが合図であったかのように、モニター上のＭＥＬＣＨＩＯＲの表示が赤く染まり、警告音が鳴り出す。
『人工知能ＭＥＬＣＨＩＯＲより自律自爆が提訴されました……否決。否決……』
更にアナウンスが、聞いた人間の肝を冷やしていく。
続いてＢＡＬＴＨＡＳＡＲが赤の侵食を受けていくが、こちらはＭＥＬＣＨＩＯＲの時より明らかに速度が遅い。決して食止められたわけではなかったが。
それでも何とか一息吐けた冬月が、リツコに尋ねる。
「どのくらい持ちそうだ？」
「今迄のスピードから見て、二時間くらいは」
「……ＭＡＧＩが敵に回るとはな」
ゲンドウの呟きは、その場にいた全員のものだったろう。
ジュッと音がして、溶けたバターの香りに甘い匂いが加わる。
食堂に広がった食欲をそそる匂いにアスカと、そしてレイの喉がゴクリと鳴る。
使わせてもらっている調理場で、二人の期待に満ちた視線を受けながら、シンジは適当な大きさに切った食パンを卵とミルクと砂糖を混ぜたものに浸し、それをフライパンに乗せていった。
やがて、焼き上がるまでの間に用意したミルクティーと共に、アスカ達の前に狐色に焼けたフレンチトーストが運ばれてくる。
目の前に皿が置かれるのを待つのももどかしく、大皿から取ったトーストを頬張るアスカ。その熱さに少しだけ顔を顰めながらも、口の中に広がる程好い甘さに満面の笑みを浮かべる。
「ん〜〜、おいし♪」
「…………」
言葉と顔には出さないものの、レイも同感らしい。どことなく幸福そうな雰囲気を漂わせながら、黙々と口を動かしている。
そんな二人の様子に微笑みながらカップに茶を注ぐと、シンジも腰を下ろした。
「ところでさあ……。アタシ達、ここでこんな事してて良いの？」
暫くして、アスカが話掛ける。本当なら、呑気にお茶会などしている場合では無いのだが、別に自分達にやれる事は無いしシンジも気にした様子も無いので、つい目の前の美味しいものに意識が行っていたのだった。
「ああ、使徒ならもう片付いたよ」
「えっ！？」
思わぬ答えにアスカは声を上げ、カップを口に運び掛けていたレイも手を止め目でシンジに問い掛ける。それに対して、悪戯っぽく笑うシンジ。
「ＭＡＧＩのハッキングは、前に僕自身がやった事だからね。同じ事をやられるようじゃ、間抜けも良いとこだ。ＮＥＲＶとは別の仕掛けを用意しといたのさ」
「……何をやったの？」
「うん、ＭＡＧＩって人間の脳と同じで、能力の全てを使ってる訳じゃないからね。その使ってない部分に、仕掛けを幾つか……。で、使徒がＭＥＬＣＨＩＯＲを乗っ取ったと早合点して、ＢＡＬＴＨＡＳＡＲに取り掛かっている時に後からグサリと。まあ、アダムとリリス用に作っていた、自壊プログラムのプロトタイプを使ったんだけど」
それが思っていた以上に効いた。耐性の無い細菌が抗生物質に触れたかの如く。
「じゃあ、なに？ 今はどうなってるの？」
「ダミーデータを表示してるだけだよ。未だにハッキングを受けているように見える奴を……ね」
「……アンタ、性格悪いわよ」
言いながらもアスカは、それが止むを得ない事は理解している。必死になっているリツコ達には悪いが、「いつの間にか使徒が倒されていた」では彼等の疑惑を招くだろう。それに、
「偶には良いだろ。自分達で戦いの矢面に立ってみるのも」
――そういう事だった。
実際にはリツコ達は使徒と戦うのではなく、シンジの掌の内で踊る事になるのだが、別段命の危険もない事であるし。
「でも……。“恐怖の天使”なんて言うから、てっきり精神攻撃でも仕掛けてくるのかと思ったけど……」
不意に思い付いた事を言葉にして、茶を一口飲む。
「……もしそうだったら、どうしてた？」
「僕が囮になって抑えている内に、アスカと綾波に仕留めてもらうさ」
アスカの質問に事も無げに答えてから、「一応、そういうのに対する防御の心得もあるし」と付け加えた。
そのシンジの顔を暫く眺めていたアスカは、そこから視線を外し、
「あぁーーーーっ！！」
突然大声を上げた。
驚いたシンジはアスカの視線の先を辿る。
そこではトーストの最後の一枚を咥えたレイが、不思議そうに首を傾げていた。
自分達が道化に成り下がっているとは露知らぬ者達は、発令所のフロアの一つに集い深刻な顔を寄せ合っていた。
テーブルに埋め込まれた、一畳程のモニターに出された幾つかの映像を前に、リツコがこれまでのところを解説し始める。
「彼等はマイクロマシン。細菌サイズの使徒と考えられます。その個体が集まって群を作り、この短時間で知能回路の形成に至るまで、爆発的な進化を遂げています」
「進化、か」
「はい。彼等は自分自身を常に変化させ、いかなる状況にも対処、生き延びるシステムを取っています」
「まさに生物の生きる為のシステム、そのものだな」
リツコと冬月の遣り取りを黙って聞いていたミサトは、決然として顔を上げる。
「自己の弱点を克服。進化を続ける目標に対して有効な手段は、死なば諸共。ＭＡＧＩと心中して貰うしかないわ……。ＭＡＧＩシステムの物理的消去を提案します」
「無理よ。ＭＡＧＩを切り捨てる事は、本部の破棄と同義なのよ」
前回の使徒戦では、あれ程強硬に撤退の選択肢を撥ね退けたのと同じ人間とは思えないミサトに、カチンと来たリツコはすぐさま反論する。結局、自分の手で使徒が殲滅出来るのなら、この友人はどうでも良いのだろう。
リツコの苦い思いに気付く事無く、ミサトが更に言う。
「では、作戦部から正式に要請するわ」
「拒否します。技術部が解決すべき問題です」
「何、意地張ってるのよ」
「……アナタがそれを言う？」
「えっ？」
戸惑うミサトを放っておき、ゲンドウに向き直る。
「排除の方法はあります。あの使徒が進化を続けるなら、勝算はあります」
「……進化の促進か」
仮にも研究者であったのは伊達では無く、言いたい事を察したゲンドウ。リツコはゲンドウが出した回答に頷く。
「はい」
「進化の終着地点は自滅。“死”そのものだ」
「ならば、進化をこちらで促進させてやれば良い訳だな」
「使徒が死の効率的な回避を考えれば、ＭＡＧＩとの共生を選択するかも知れません」
「でも、どうやって？」
リツコの結論に、日向が肝心の疑問を呈した。
「目標がコンピューターそのものなら、ＣＡＳＰＥＲを使徒に直結。逆ハックを仕掛けて自滅促進プログラムを送りこむ事が出来ます。が――」
「同時に使徒に対しても防壁を開放する事になります」
言葉を切ったリツコにマヤが続け、それが意味する所を冬月が確認する。
「ＣＡＳＰＥＲが速いか、使徒が速いか。勝負だな」
「はい」
「そのプログラム、間に合うんでしょうね？ ＣＡＳＰＥＲまで侵されたら終わりなのよ」
自分の提案が受け入れられなかったのが気に食わないのか、ミサトの声が少々きつくなる。だが事実上、ゲンドウと冬月がこれを承認した以上、ミサトは異を唱える事は出来ない。
「約束は守るわよ。……一人で間に合うプログラムじゃないわ。自滅プログラムの方、お願いね」
リツコはそれに素っ気無く応えると、後半の言葉をマヤに向けた。
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