ALL'S RIGHT WITH THE WORLD
第七話 B-Part
翌朝、コンフォート１７のシンジ宅。
朝食を摂り終えたシンジは、家を出るまでの時間をのんびり過ごしていた。
蓋の外された弁当箱が二つ載ったテーブルに着き、シンジは紅茶を飲みながら新聞に目を通す。
と、それを邪魔するようにチャイムが来客を告げる。シンジは一度玄関の方へ顔を向けると、カップと新聞を置いてそちらに向かった。
扉を開ける前から気配でミサトである事は分かっていたが、そのミサトがＮＥＲＶの正装に身を包み、いつに無く真面目な表情をしているのを見てシンジは少し驚いた。
「おはよう、シンジ君」
「……おはようございます」
ミサトは、返事がやや遅れたシンジの手を掴んだ。
「……悪いんだけどシンジ君。ちょっち、今日付き合って欲しいの」
そう言いつつシンジの手を握ったまま踵を返し、玄関から引っ張り出そうとした。しかし、シンジの足は微動だにせず、制動を掛けられたミサトは後ろに倒れ込む。
「はうっ！」
落ちてきたミサトの後頭部は床まで達せず、シンジがヒョイと上げた右足の膝で受け止められた。
「のべち！」
仰向けになったミサトのおでこに肘を落とす。更にシンジは片足で立ったまま驚異的な安定を見せ、肘と膝でサンドイッチしているミサトの頭部にグリグリ圧力を加えた。
「イタッ！ イタタタタッ！ シ、シンジ君、止めて〜〜！！」
ミサトが上げた悲鳴に、しかしシンジは力を緩めずミサトの頭を解放しない。
「何なんです、朝っぱらから？」
「い、言うっ！ 言うから助けて……」
それを聞いてシンジは漸くミサトの頭から手足を離し、ミサトが立ち上がるのを助けてやった。
「まったく……僕は無理押しされると反発する、って事をいい加減理解してもらえませんか？」
「ううっ……酷いよノビ太君〜〜」
「誰が、ノビ太君ですか。誰が……」
シンジの言う事を聞いているのかいないのか、妙な事を口走るミサトにシンジは溜息を吐く。
「で？ 御用は何ですか？」
「今日……旧東京で、日本重化学共同体が造っている、対使徒兵器の御披露目があるんだけど……シンジ君にも一緒に行ってもらいたいのよ……」
「はぁっ？ 何だって僕がそんなところに……。それも、当日の朝になって……」
ミサトが額を擦りながら説明すると、シンジは怪訝気な顔になった。
「司令の命令なのよ。それと、ホントは昨日の内に伝えとく筈だったんだけど――」
口篭もり、視線を逸らしたミサトだが、
「――すっかり忘れてたのよね、これが」
思い切って白状すると、『てへっ』とばかりに舌を出し、自分の頭をコツンと叩いた。
「…………」
「……えっとぉ〜〜……あはははは……」
しかし、シンジに白い目で睨まれると、耐えられなくなり乾いた笑い声を漏らした。そんなミサトをジト目で見ながら、シンジはもう一度溜息を吐く。
「分かりました。支度しますから、一寸待ってて下さい。……それと、一度学校に寄らせてもらいますので」
シンジは『発信機と盗聴器が付いてくるのを嫌って携帯電話を受取らなかったが、自前で持つべきか』と考えながら、ファウストに日重共の事とリツコ辺りがそちらに何かしていないか調べるよう頼んだ。
「へっ？ 学校に？ ……い、良いけど……」
一部意味が分らなかったが、取敢えずシンジが言う事を聞いてくれたのでミサトは安堵した。だが、奥に引っ込んだシンジを待つ間、開いたままの扉から羽音と共に飛び込んできたモノが後頭部に飛び掛り、ミサトは気を抜いた事もあり飛び上がって驚愕する。
「ガァーー！」
「な、何よこれっ！！」
更に声を浴びせ掛けたソレに、今度は身を縮め頭に手をやり追払う。
「……スルト、悪戯しちゃ駄目だよ」
ダイニングから顔を覗かせたシンジが声を掛けると、ソレはそちらに飛んで行き、気配が離れた事を感じたミサトは恐る々々顔を上げた。
「大丈夫ですか、葛城さん」
「な、何なのよ、ソレは……？」
「……見ての通り、烏ですが」
「カァー」
ミサトの質問に、差し出した手に止まらせた烏と顔を見合わせシンジは答えた。
「この間から一緒に暮らしてるんですが……拙いですかね？」
「え、あ、ううん。……ウチもペンギンを飼ってるし……」
「そうですか」
ミサトの答えに頷き、シンジは烏と共に再び姿を消す。
（……ここはビックリハウスかしら）
安堵の息を吐き出したミサトだったが、ふとある事を思い出しキョロキョロと辺りを見回した。
（そう言えば、前に保安部の連中がトラップにやられた、って言ってたっけ。どこに仕掛けてあるのかしら……）
暫くしてバッグを持ち、頭に烏を乗せて現れたシンジは、不安気な様子のミサトに戸惑う。
「どうかしましたか？」
「あ、いや、シンジ君ちにはトラップが仕掛けてある、って聞いたから……」
「ええ、ありますよ」
曖昧な顔で笑うミサトに、シンジは答えてやる。
「へっ？ ど、どこに？」
「たとえば――」
シンジは壁の一部を拳で叩く。
と、ミサトの“頭の上”で景気良い音が響いた。
「――こんなのとか」
「……か、金ダライぃ〜〜」
「まあ、これは冗談ですが」
頭にそれを乗せたままのミサトに説明する。
「って、ナニ考えてるのよ、アンタはっ！」
「――あっ」
ミサトが怒鳴りながら金ダライを振り払い、それが壁にぶつかったのを見てシンジが声を上げる。
再びミサトの“頭の上”で、今度は“重く鈍い音”がした。
それを頭に乗せたミサトの目が裏返り、身体がゆっくりと後方に倒れる。
「……やっぱり“中身の入った”一斗缶は拙かったかな？」
「アホ〜〜」
完全に気絶したミサトに向かって、烏――スルトが一声鳴いた。
第壱中学に寄り、教室にレイの弁当と書置きを残してきたシンジが車に戻ると、助手席のミサトは目を覚ましており、恨めし気な視線を向けてきた。
「何か……？」
「何じゃないわよ、まったく。なんつー事をすんのよ！」
運転席に乗り込みながらシンジが尋ねると、ミサトは頭頂部を擦りつつ抗議するが、
「タライはともかく、二度目の奴は自業自得だと思いますが」
「うぅ〜〜……」
あっさりといなされ、唸り声を上げるしかなかった。
「……ところで、学校に何の用だったの？」
シートベルトをしキーを回すシンジに、気持ちを切り換えたミサトが尋ねる。
「ああ、綾波の分のお弁当を置いてきたんです」
『中学生の自分が車を運転する（した）事には何も無いのか？』と思いながら答える。
「ふ〜〜ん、レイのお弁当はシンジ君が作ってるんだ〜。……レイってば、い〜な〜」
羨ましがるミサトに、シンジは苦笑して自分のバッグに手を伸ばす。
「よろしければ、食べますか？」
肘を窓枠につき、片手で軽快にステアリングを切りながら、シンジは横目で助手席の方を見る。そこでは朝食を食べていなかったらしいミサトが、「美味しい、美味しい」を連発しながらシンジの分の弁当を掻き込んでいた。
やがて箱を空にしたミサトは、満足気に息を吐く。
「ごちそうさま〜。美味しかったぁ」
「お粗末でした」
オヤジ臭く腹を擦るミサトに、シンジは苦笑した。
「それにしてもシンジ君、毎日レイの為にお弁当作ってるんでしょ」
「ええ、まあ」
実際は夕食もなのだが、チェシャ猫じみた笑みを浮かべるミサトに、彼女がからかいモードに入っているらしい、と察したシンジは言葉少なに答える。
「それってやっぱ、愛情が無ければ出来ないわよね〜〜」
「……何が言いたいんです？」
「またまた惚けちゃって〜〜。こないだの戦いで、防御を替わったのもそうなんでしょ。愛しのレイが傷付くのが嫌だからって」
「…………」
「はぁ〜〜、レイも幸せよね、こんなに想われて。おまけに毎日、美味しい愛妻弁当。羨ましいわぁ」
ミサトのボルテージが上がっていくのに比例して、シンジの気配は冷めたものになっていく。それに気付かないミサトだったが、
「……葛城さん」
冷水を浴びせるようなシンジの言葉に我に返った。
「な、なに？」
「葛城さんは、綾波の家に行った事がおありですか？」
「えっ？ な、無いケド……」
「何故です？ パイロットの彼女は貴女の部下じゃないんですか？」
「あ、いや……だ、だってホラ、あのコはリツコの管轄だから……」
「……なるほど」
しどろもどろになるミサトをシンジは冷笑する。
「一度でも見てみれば、先程のような言葉は出て来ないと思いますけどね」
「……どういう事よ？」
気圧されながらもミサトは小声で尋ねた。
「そのくらい、自分で調べて下さい。作戦部長さん」
「…………」
シンジに揶揄され、ミサトは押し黙った。
ややあって、シンジが再び口を開く。
「葛城さん……」
「な、何よっ？」
「少し落着いて周りを見れば、色々と見えてくるものがあると思いますよ」
「へっ？」
呼び掛けられたミサトは思わず身構えたが、思いも寄らなかった台詞に間の抜けた顔になった。
「どういう意味……。それ？」
「そのままの意味です」
それだけ言うとシンジは口を閉じた。ミサトも暫く黙ってシンジの表情を探っていたが、シンジがそれ以上何も言う気が無い事を悟ると、顔を正面に向けた。
シンジは無言で車を走らせる。
忠告じみた事をミサトに言ってみたが、果たしてどう受取るか？
基本的にミサトは善人なのだろう、とシンジは思う。ただ、些か独り善がりで、かつ中途半端な為、それは空回りしがちなようだが（特にシンジのような人間を相手にすると）。
それとて平和で平凡な暮らしをしているならば、“些細な欠点”で済むかもしれない。しかし、復讐心に囚われて戦場に身を置いた状況では、それは人を傷付ける棘にしかならない。
（おまけにその復讐は見当違い……か）
同情はしている。事実を伝えてやれれば良い、と思う。が、そんな事をしたら、直ぐさま司令公務室に殴り込みに行きかねない。
“一応”サードインパクト――補完計画の阻止を考えているシンジとしては、ＮＥＲＶやＳＥＥＬＥとの正面対決に繋がりかねないそれを認める訳にはいかなかった。
別段ミサトを敵に回そうとは思っていないが、然りとてミサトをどう扱ったら良いのかも判断しかねる。
少し苛ついたシンジは、アクセルを床まで踏み込んだ。
「シ、シンジ君、ちょっちスピード出し過ぎ！ そ、それに次の交差点で曲るのよ！」
「……」
突然の急加速に身体をシートに押付けられたミサトは警告するが、シンジはそれに応えない。大してスピードも緩めず、（ミサトにとっても）明らかなオーバースピードで交差点に突入する。
「にょええぇーーーーっ！！」
が、サイドに押付けられて悲鳴を上げるミサトの声を聞き流し、シンジは無言のままステアリングを操り、見事なドリフトでそこをクリアしていった。
旧東京都心、第２８放置區域。
その一角に造られた巨大ドームの中では、日重共によるＪＥＴ−ＡＬＯＮＥ完成披露式典が催されていた。
会場に設えられた壇の正面程近い位置に、『ネルフ御一行様』とされたテーブルは置かれている。だが、周りの他のテーブルと異なり、そこだけはビール以外に何も用意されてはいなかった。
豪勢な料理と縁の無い筈のその場所でミサトとリツコは憮然として座っていたが、もう一人――シンジだけは隣のテーブルから調達してきた料理に舌鼓を打っていた。
「……良い度胸ね〜、シンジ君」
「パーティの料理なんて、ちょっと手を付けられて残飯行き、と言うのが少なくないですからね。そうなるくらいなら、ちゃんと食べる事がお百姓さんや料理人達対する礼儀ってものです」
呆れたように言うミサトに、シンジが平然と返す。
「それもそうね」
それを聞くとミサトは『もっともだ』と頷き、自分も料理を取ってくるべく席を立とうとした。だが、ミサトの服の裾をリツコが引張り、それを押し止める。
「およしなさい、みっともない」
「え〜〜、良いじゃない」
文句を言うミサトだったが、リツコに一睨みされてスゴスゴと椅子に座り直した。
リツコは視線をミサトから、我関せずとばかりに食事に専念している（ように見える）シンジに移し、溜息を吐く。
（ホント……良い度胸してるわ、このコ……）
リツコの視線を向けられたシンジは、それを感じながら気にも留めず、口と手を動かしながら周りの様子を探っていた。
花輪や横断幕が飾られた壇上では、開発主任の時田シロウが誇らし気な顔でＪＡについての説明を行なっていた。
「――皆様には後程管制室の方にて試運転をご覧頂きますが、ご質問のある方はこの場にてどうぞ」
「はい！」
一通りの説明を終えた時田が質問を促すと、間を置かずリツコは挙手する。
「これはご高名な赤木リツコ博士。お越し頂き光栄の至りです」
言葉だけは丁寧に嫌味を言う。恐らくＮＥＲＶ用のテーブルをその位置に置いたのは、これを予期しての事だろう。
片耳だけで聞いていたシンジは、これから始まる嫌味の応酬を予想し、嘆息しながらビール瓶に手を伸ばして――直ぐに引っ込める。ビール瓶の温度は室温と同じになっていた。
「質問をよろしいでしょうか？」
「ええ、ご遠慮なくどうぞ」
リツコの言葉に、時田は余裕を持って応える。
「先程のご説明ですと、リアクターを内蔵とありますが」
「ええ、本機の大きな特徴です。連続１５０日間の作戦行動が保証されております」
「しかし、格闘戦を前提とした陸戦兵器にリアクターを内蔵する事は、安全性の点から見てもリスクが大き過ぎると思いますが？」
「５分も動かない決戦兵器よりは、役に立つと思いますよ」
「遠隔操縦では緊急対処に問題を残します」
「パイロットに負担を掛け、精神汚染を起こすよりは、より人道的と考えます」
「よしなさいよ、大人気無い……」
不貞腐れたような態度でミサトが呟く。もっともな事ではあるが、ミサトのその態度もかなり“大人気無い”。
「人的制御の問題もあります」
「制御不能に陥り、暴走を許す危険極まりない兵器よりは安全だと思いますが？ まあ、幸いにも“実戦では”起きていないようですが……制御出来ない兵器など、全くのナンセンスです。ヒステリーを起こした女性と同じですよ。手に負えません」
時田の皮肉に、会場の各所で笑いが沸く。
「その為のパイロットとテクノロジーです」
「まさか科学と人の心があの化物を抑えられるとでも？ 本気ですか」
「ええ、勿論ですわ」
キッパリと言い放つリツコに、『本気で言っているのか？』とシンジは内心で首を傾げる。
「人の心などという曖昧なモノに頼るべきじゃないでしょう。そしてその頼るべきは、年端もいかぬ少年達ときている」
言いつつ時田はチラリとシンジの方に目を向けるが、シンジはそれに気付いても無視をする。
「おまけにあの化物を動かす為に国連は莫大な追加予算を迫られ、某国では二万人を超える餓死者を出そうとしているんです。せめて、責任者としての責務は全うして欲しいものですな。良かったですねぇ、ＮＥＲＶが超法規的に保護されていて。貴女方はその責任を取らずに済みますから」
「なんと仰られようと、ＮＥＲＶの主力兵器以外、あの敵性体は倒せません！」
嘲る時田をリツコが睨み付けるが、時田は胸を張ってそれを受ける。
「ＡＴフィールドですか？ それも今では時間の問題に過ぎません。いつまでもＮＥＲＶの時代ではありませんよ」
再び笑いが巻起こる。嘲笑混じりのそれを身に浴び、リツコとミサトは屈辱に身を震わせた。
（ま、どっちもどっちだね……）
シンジは一人、どうでも良さ気に肩を竦めた。
「ったく、あの俗物共がっ！！」
控室に充てられたロッカールームに入ったミサトは、八つ当たりの蹴りを備付けのロッカーに浴びせる。
「ど〜せ、ウチの利権にあぶれた連中の腹癒せでしょうが！ 腹立つわね〜！」
哀れなロッカーは抗議も出来ず、その身を凹ませた。
「お止しなさいよ、大人気無い。自分を自慢し誉めてもらいたがっている。大した男じゃないわ……」
リツコはそう言ってＪＡのパンフレットにライターで火を付ける。暗い目でその炎を見詰めるリツコの耳に、気の抜けた拍手の音が聞こえた。
リツコとミサトが向けた視線の先に、扉の脇に立ちゆっくりと手を打つシンジの姿があった。
「いや、面白い見世物でしたよ。御苦労様でした」
本当に楽しそうな顔をしているシンジに、ミサトが眉を上げる。
「面白い、ですってぇ。冗談じゃないわよ、あんな下らない男に馬鹿にされて……！」
「下らない……ですか？」
「そうよっ！！」
噛付くように叫ぶミサトだったが、シンジは平然として頭を掻いた。
「下らないのはＮＥＲＶも同じでしょう？」
「な、何ですってっ！」
ミサトは目を剥き、リツコも唇の端を震わせる。
「ウチのどこが下らないのよ！？」
「……色々ありますけどね。例えば葛城さん自身が言ってるじゃないですか」
「何がよっ！」
ヤレヤレと言うようなシンジの態度に、ミサトは更に熱り立つ。
「ついさっき、御自分でも口に出したでしょ？ 『ウチの利権にあぶれた』……って。
と言う事は、ＮＥＲＶは何某かの“利権”を持っていて、その蜜に群がる蜂を飼っている……という事でしょう？ ――いや、この場合、腐肉に群がる蝿、と言った方が適当かな？」
「…………」
『俗物』はＮＥＲＶも同じだ、と言外に言われて、ミサトはシンジを睨み付けたものの、反論の言葉は無い。続いてシンジはリツコに顔を向ける。
「『大した男じゃない』か……。では、詰まらないプライドに拘って、人類存亡を賭けた作戦を失敗させるところだった男は、どの位“大した男”なんでしょうか？ そんな男に率いられる組織は？」
「…………」
第五使徒戦（だけではないが）を揶揄され、ゲンドウを扱き下ろされたリツコも、無言のまま床に目を落とす。
「そもそも、子供を戦争の矢面に立たせるような組織が、他人をあげつらう事が出来るとお思いですか？」
そこまでシンジに言われて、二人とも完黙する。
シンジも口を閉じ、そんな二人の様子を見遣る。
見当外れの復讐に囚われ、何も見ようとせず、ただ周りの者を傷付けるだけの女と、世界を滅ぼすも同然の愚行を成そうとする男に荷担する女。
シンジは不意に笑いの発作に捕われた。
『俗物』？ ……結構。
『大した男じゃない』？ ……問題無い。
少なくとも、彼女達程傍迷惑ではない筈だ。
……まあ、そう言う自分も、それ程大したモノではないのだが。
下らない。
全くもって下らない。
素晴らしいほど下らない。
自分も含めて。
突然笑い出したシンジにミサトとリツコは驚き、顔を見合わせた。
二人が声も出せず見詰める中、シンジは腹を抱えて笑い続ける。
シンジの哄笑だけが、暫く部屋に響いた。
漸く笑いが収まったシンジは、涙を拭きながら二人に告げる。
「……ここまで大笑いさせて貰ったのは久しぶりですよ。お二人ともＮＥＲＶを辞めて、吉本にでも行った方が良いんじゃないですか？」
言われた二人はシンジの笑いの意味は分らなかったが、少なくとも言葉に含まれた侮蔑は充分過ぎる程理解出来た。だが、言葉は何も出て来ない。
シンジは二人を一瞥し、部屋から出ようとする。だが、背中に掛けられたミサトの声に足を止めた。
「シンジ君……。アナタ、誰の味方なのよ……？」
搾り出すようなその言葉に、ゆっくりと振り返る。
「愚問ですね。……僕は、僕の味方の味方であり、僕の敵の敵です。……そして敵は――」
シンジは二人に冷たい笑みを見せる。
「――敵は……殲滅せねばならない……」
歌うような――だが全てを凍り付かせるようなシンジの声。
「……根刮ぎに。容赦無く。断固として」
ミサトとリツコは身動ぎも出来ず、快感じみた恐怖が背筋を駆け上るのを感じていた。
凍て付いた時間が、シンジが表情を緩める事で動き出す。
「まあ、安心して下さい。僕は、滅多な事では何かを“敵”と見做す事はありませんので」
もっとも、ＮＥＲＶは既に“滅多な事”をしているのだが。シンジはそれを内心だけに留め苦笑する。
「で、アナタ達はどちらを望むんです？ 敵ですか？ 味方ですか？」
最後にそう言うとシンジは部屋を出て行き、その姿が見えなくなったミサトとリツコは脱力し喘ぐように息を吐き出した。
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