ALL'S RIGHT WITH THE WORLD
第七話 A-Part
何処とも知れぬ薄暗い部屋の中。
二つの人影が蠢いていた。
部屋の中央に置かれた台を中心に二人が行っている作業は、その意味を知らぬ者にとっては正しく魔術めいたモノに見える。
怪しげな事、この上ない。
ただ、本人達が機械工作でもやっている気分である所為か、近寄り難い空気は無い。
だが、仕上げがこの台詞。
「――さあ、目覚めよ。呪われた子よ！」
その声に応えるように、ソレはゆっくりと立ち上がり……
漆黒の翼を広げ……
……コケた。
…………
「……しかし、この怪しい雰囲気にどんな意味があるんです？」
「いや、こういうのはノリと雰囲気だ、って師匠が……
ファウストが生まれた時も、こんな感じだったけど」
「…………」
其処とはまた別の場所。
しかし、雰囲気は負け劣らず怪しい。
いや、瘴気が漂う此処は、人間がいればその心を蝕んだかもしれない。
「――また、君に借りが出来たな」
『返すつもりもないんでしょう？ ……彼らが情報公開法を盾に迫っていた資料ですが、ダミーを混ぜてあしらっておきました……』
にも関わらずサングラスを光らせ、書類片手に電話をする男が平然としているのは、その男が瘴気の発生源であるからか……
『……では、シナリオ通りに』
「…………」
「…………」
程好い喧騒に満たされた２−Ａの教室で、シンジとレイは揃ってボ〜っと時を過ごしていた。シンジの方は椅子に背を預け何も考えていないような顔をしながら、その実、様々な事に頭を巡らせている。レイの方もレイの方で考える所があるのだろう、その紅い瞳の色が深いものになっていた。
そこにやって来るトウジとケンスケ。
「お〜い、センセ。センセの所、今日の進路相談は誰が来るんや？」
「え……？ 誰も来ない……と思うけど」
トウジに声を掛けられたシンジは、直ぐに意識を切り換えそちらに応える。
「？ なんでや？」
「何でって、進路相談の事なんか誰にも知らせなかったからねぇ……」
シンジはトウジの疑問に首を傾げながら言う。
「……大体、僕の保護者ってどうなってるんだろう？」
ゲンドウと縁を切ったは良いが、シンジが未成年である以上、法的には保護者が必要な筈である。これまで必要無かった為、気にした事は無かったのだが。
「そう言えば、綾波の保護者は誰になってるの？」
「……碇司令よ」
レイに顔を向け尋ねると短く答えが返り、それを聞いたシンジは失笑と冷笑と苦笑が混じった些か不健全な笑いを漏らす。
「あの男、一度辞書を引いて“保護者”の意味を調べた方が良いな」
「…………」
レイは無言のまま、皮肉な評を下すシンジを見ていた。
「そういやＮＥＲＶの司令って、シンジの親父さんだって言ってなかったっけ？」
以前に聞いた事を思い出し、ケンスケがそれを口に出す。
「一応、遺伝子的にはね。ＥＶＡに乗る条件として親子の縁を切ったから」
シンジが軽く肩を竦めつつ言うと、トウジとケンスケは目を丸くする。
「……なんや、ややこしそうやの〜〜」
「ＥＶＡに乗る条件として、ってどういう事だよ？」
顔を顰め頭を掻き回しつつトウジが言い、ケンスケは興味深げに尋ねる。
「ＮＥＲＶが――その司令が信用出来ないからだよ。あの男は、親子の絆や情といったモノを、無理矢理自分に繋ぎ止めておく鎖や、上手く利用する為の飴と鞭くらいにしか考えてない。僕はそんなのは御免蒙るから……さっさと縁を切らせてもらった。
あっちも、それが利用出来ないと判った途端、それを承知したしね」
初日のゲンドウとの交渉を回想しつつ説明する。あの時、殆んど文句も無く親権の放棄を認めたのはまあ、つまりそういう事なのだろう。
シンジはあっさりと何でも無いように言ったが、それなりにまともな家庭――片親だったとしても――に育ってきたトウジとケンスケにとって、それは驚くべき事だった。彼等にとって家族というのは、そう簡単に関係を切ったり出きるものではなかった（それが当り前で、そして正解なのだろう）。
「よう、判らんが……センセが親父さんを信用出来んのは判った。しっかし、ＮＥＲＶも信用出来へんのか？ あれでもセーギのミカタやろ？」
トウジは腕を組みつつ、シンジの言葉に首を傾げる。
「……信用出来ないのは、ＮＥＲＶ首脳に問題があるんで、ＮＥＲＶそのものを――って訳じゃないけど……」
いや、あの三人こそがＮＥＲＶそのものか。今ここでは口に出来ない事を、内心だけで吐き出し苦笑する。それと同時に、未だ何か聞きたげなトウジに答えてやる。
「何故、使徒は人類を滅ぼすのか？ どうやって滅ぼすのか？ 何故第３新東京に来るのか？ どうしてＮＥＲＶはそれを知ったのか？ 何故人類の敵を“使徒”と名付けたのか？ 人類全体の危機だと言うのに、何故情報を規制しているのか？ 何故他の軍事組織と、“敵対的”とも言える険悪な関係なのか？ そして――」
今や、クラスの中の少なからぬ者が、聞き耳を立てている事に気付きながら続ける。
「――何故、当然の疑問に答えないのか？」
シンジは皮肉気に唇の端を歪めた。
「要するに『命を懸けるだけの意味を教えろ』と言っても、『機密』の一言でだんまりのままだから……」
そんな連中を信用してやるほど、僕はおめでたくない。シンジがそう結ぶと、トウジもケンスケも難しい顔をして沈黙する。
「……それでも、シンジは戦うんだな」
「それが契約だからね」
唸るようなケンスケの問いに、シンジは肩を竦めながら答えた。
「それに、使徒と戦う事は……まあ、それ程大した事じゃない」
トウジとケンスケは使徒を目の当たりにし、多少なりともその恐ろしさを知っている。その使徒を“大した事じゃない”と言い切るシンジに、二人は驚く。
「そう……大した事じゃない。使徒とはただ戦い、倒せば良い。面倒は何も無い」
言いながらも、実のところシンジは“倒せば良い”とは考えていないのだが。
「僕は使徒よりＮＥＲＶが怖い。多分連中は必要とあれば、こっちが戦っている最中にｎ２兵器を放り込んで、使徒ごと僕を焼却するくらいしかねない。全くもってタチが悪い」
「そ、そこまでやるかよ……」
「やる。間違い無くやる」
絶句する二人に、シンジは断言した。
「無論、そんな事をしても発表されるのは違うだろうね。『我身を捨てて人類を救った英雄、碇シンジ。人よ、彼を誉よ』と言う訳だ。下らない。実に下らない」
吐き捨てるようなシンジの台詞に、トウジとケンスケは顔を見合わせた。その様子に、シンジはそれまでの気配を振り払うように笑い、別の言葉を口にする。とは言え、相変らず辛辣なものであったが。
「そう言う訳だから、僕が死んだらＮＥＲＶに殺されたものと思ってよ」
更に困惑するする二人を見て、シンジは話を変える。
「……実は、ＮＥＲＶにはもっと重大な機密があるんだ」
少し声を低めて言うシンジに、トウジとケンスケは顔を寄せる。
「ＮＥＲＶ総司令、碇ゲンドウはロリコンなのさ」
「「ぶっ！！」」
勿体振ったシンジの台詞を聞いた二人は、揃って吹き出す。
「そ、そりゃあかんな。なんちゅーか、人として」
「あ、ああ。それってＮＥＲＶの最高機密なんじゃないか？ シンジ」
腹を抱える二人。シンジも笑いながら視線を教室に走らせる。
『コード７０７』
ＮＥＲＶが作った適格者候補の為の生簀。
時が来れば、この中の誰かが新たなＥＶＡパイロットとなるかもしれない。
正直、そうなってはシンジにとって面倒の種になりかねなし、彼等にとってもあまり幸福な事だとは思えなかった。
（さて、この話を聞いて、ＮＥＲＶに関ろうという気を無くしてくれると良いけど。さて……）
敢えて皆に聞こえるように話をしたのは、ある意味将来の為の投資――金も、そして大して手間も掛からない――のようなものだった。如何にＮＥＲＶとは言え、シンジの場合とは違い、嫌がる者にそう直截的な手段は取れないだろうと思う。それでも敢えて強硬手段を取るようならば……
それまで黙って座ったままのレイが、自分の横顔に視線を向けているのを感じながら、シンジはそうなった時のＮＥＲＶの出方に考えを巡らせていた。
シンクロテスト、と言ったところで初号機に乗り込んだシンジには、別段やるべき事も無い。シートに身を任せ大人しくしているだけである。もっとも、何時もなら外でシンジと初号機をモニターしている者達に分からない事を、幾つかやっているのだが。
しかし、今初号機にはその魂――スルトの意識は無い。シンジが創ったばかりの“身体”で、文字通り飛び回っていた。
（それにしても……）
シンジは内心だけで独言ちる。
（まだ子供も同然のスルトを、良いように使っていると言う点では僕もＮＥＲＶとあまり変わらないな……）
別にスルトは使徒と戦う為に存在している訳ではない（いや、人間達はそのつもりなのだが）。こちらの都合で戦いに付き合わせ、おまけにこれまで結構痛い思いや無理をさせている。
レイにするのと同様に様々な事を教え、その一環として身体を創ってやったのもしたのだが――それも偽善なのかも知れない。自身を省みて自嘲する。
（でも間違っても、約定を違えるような真似だけはしたくない……）
誰に言う必要も無い事だったが、改めてそれを思った。
伊吹マヤにとって、その時間はかなりの苦行だった。
そこでの彼女の仕事は、ただ端末を操作したり、あるいはメモを取るだけである……が。
彼女に苦痛をもたらしているのは、ＮＥＲＶ技術部長・赤木リツコと初号機専属パイロット・碇シンジの二人だった。
彼等に直接に何かされる訳ではないし、本人達もそれを意図してる訳ではないだろう。
だが、二人の『会話』と部屋に満ちる空気は、彼女の神経を容赦無く痛め付けた。
（うぅっ……、医務室に寄っていかないと……）
マヤは、これが終わったら胃薬を貰う事を決めた。
マヤに苦痛を強いている加害者達は、そんな彼女に関り無く見えない刃を交し合っていた。
シンジがＥＶＡパイロットとなって以来、週一度のシンクロテスト（及びシミュレーション）後のデブリーフィングが慣例となっていた。シンジが他の検査を拒んでいる為、それはリツコにとって“低シンクロ下でのＥＶＡの起動”を調べる為には貴重な事であった。
また、報告書を信じるなら、本来有り得ないシンジの態度や能力にどういう裏があるのか、それも知る必要がある。（余談だが、ミサトと違って「電波云々」というのは、流石に頭の冷えた今では信じていない。ひょっとしたら、とは思わないでもなかったが）
一方、シンジの方も、ＭＡＧＩだけでは分からない事を探る為には都合の良い事だった。こちらの襤褸を出さないようにして、相手の言葉の裏にあるものを見分けようとする。リツコを相手にしたそれは、ちょっとした知的ゲームだった。
ただ、傍からは「陰険漫才」としか見えないそれは健康的とは言い難いもので、そこで発生する空気は当事者以外の精神を著しく蝕んだ。ミサトなどは最初の数回を経験すると理由を付けてその場から遁走するようになったが、逃げる事が叶わないマヤはそれに耐えるしかない。
戦績の方は今のところシンジの方が圧倒的に優位――必要な情報を手に入れる手段がシンジしかないリツコと、リツコが手段の一つでしかないシンジの差だった――であり、その戦闘の模様はリツコの攻撃をシンジがノラリクラリとかわし、時折のシンジからの反撃でリツコが少なからぬ傷を負う、というのが何時ものパターンだった。
クリップボードを片手に溜息を吐くリツコを横目に、取敢えず一合戦終えたシンジはコーヒーを啜る。
悠然としたシンジを恨めしげな目で見詰めたリツコだったが、不意に言葉を発した。
「それにしても……」
「何か……？」
カップを傾ける手を止めて、シンジがリツコに顔を向ける。
「いえ、シンジ君の性格がこちらの報告書とまるで違っているから……不思議に思っただけよ」
「……人間ちょっとしたきっかけがあれば、変わるものですよ」
シンジの“きっかけ”は“ちょっとした”どころではないが、そう答える。
「……長年かけて形成された性格は、そう簡単に変わらないとも言うわね」
リツコがそう答えたのを聞いて、マヤは第二回戦が始まった事を悟り今にも泣きそうに顔を歪め溜息を吐いた。その様子を視界の端に留めたシンジは些か気の毒になるが、リツコとの舌戦を続ける。
「ふ〜〜ん……。まるで何年も僕の事を調べていたと言わんばかりですが……。僕が適格者だというのが分かったのは、僕がここに来る直前だったんじゃありませんでしたっけ？」
「……シンジ君がこちらに来てからも、改めて向うの人達から話を訊いてるの」
含み笑いをするシンジに、リツコは一瞬詰まりながらも言う。
「で、何か面白い事でも分かりましたか？」
「…………」
「大人しい人間、話さない人間が、何も感じない、何も考えないなんて思っている連中に何が分かるのかと思いますけど」
あちらにいた頃の事を思い出す。結局、あの頃自分に関った人間は誰も自分を理解はしなかった。もっとも、自分も彼等を理解などしなかった――言い訳をさせてもらえば、そんな能力は無かった――のだからお相子だが。
さて、ＮＥＲＶはどうなのだろうか、と思う。そして、今の自分は。
「それじゃあ、シンジ君はどんな事を考えていたのかしら？」
少し考え込んだシンジを、リツコの声が引き戻す。
「そうですね、色々ですよ」
「色々？」
「ええ、色々と……」
言いながらここ数年の事を思い返す。何も考えないでいたら生きてなどいられない、死にたくなければ考え動かなければない。そう言う日々だった。無茶苦茶ではあったが、お蔭で今の自分――ＮＥＲＶに対抗出来るだけの――がある。
「では、今はどうかしら？」
シンジがそれ以上言う気が無い事をみて、リツコは少し向きを変えた。
「今ですか？ ええ、今も色々考えてますよ？」
「たとえば？」
「たとえば……そう――」
悪戯っぽくシンジが笑う。
「――碇司令の事、とか」
思ってもいなかった言葉にリツコが眉を上げただけでなく、マヤも目を丸くする。
「意外ね……」
「そうでしょうか？ 『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』と言うでしょう？」
リツコの眉がもう一段上がる。
「司令は敵なの？」
「さあ……どうなんでしょう？」
中身が残り少なくなったカップを弄びながら、シンジは韜晦する。
「なら、アナタにとって、司令はどういった存在なのかしら？」
「僕自身それを知りたいんですけどね。取敢えず、どんな立場で考えたら良いですか？」
「そうね……息子として、部下として、人間として……。そんなところかしら」
探るようなリツコの言葉に思う所はあったが、シンジはそれには言及せず応じた。
「親じゃありませんけど、エディプスコンプレックスの対象とするには役者不足。上司とは言い難いですけど、少なくとも軍事的な指揮官としては無能。人間としては……ほぼ、最悪」
シンジは首を傾げる。
「困りましたね。プラスの評価がどこにも無いじゃないですか」
リツコはシンジの評に顔を引き攣らせた。
「ところで赤木さんにとっては、あの男はどうなんです？ 女として、部下として、人間として？」
「…………」
その質問にリツコは口篭もり、マヤは何とも言い難い顔になった。
言葉を探すように、暫し無言だったリツコが口を開く。
「不器用なのよ、あの人は……とても」
ゲンドウに対する評価ではなく、ゲンドウを弁護するようなその言葉にシンジは面白そうな表情になり尋ねる、
「不器用――って、何がです？」
「……生きる事が」
シンジから目を逸らし、答えるリツコだが、
「……で？」
「？」
ややあって訊き返したシンジに目線を戻す。
「だからどうだと言うんです？」
「どう、って……」
「不器用だから他人を道具のように扱って良いんですか？ 不器用だから他人を踏み付けにしても構わないんですか？ 不器用だから他人を傷付けても許されるんですか？ ……だからそれを理解してやれ、と？」
「そ、そんな事は……」
真剣な目でこちらを見るシンジに、リツコは再び視線を外した。
「不器用にしか生きられない……。ええ、碇ゲンドウは不幸で可哀想な人間なんでしょう。
ですが世の中、器用に生きている人間の方が少数派なんじゃありませんか？ それに、碇ゲンドウが不幸なら、彼に傷付けられる人間はどう評価したら良いんでしょうね？」
「………」
「あの男に他人をそう扱う権利がある、と言うなら結構。ですがそれなら、それに対して手荒い反撃を受けたとしても、文句を言える権利は欠片も無い筈ですよね？」
「…………………」
完全に沈黙し俯いたリツコから、シンジも視線を外し息を吐く。
（……不器用な男、ゲンドウ。可哀想な男、ゲンドウ……か。素晴らしい、ＮＥＲＶには悪人なんかいない、というわけだ。ただ、傷付いた哀れな人間達が、お互いに傷付け合っているだけか。……全くもって素晴らしい）
シンジは自分も含めてＮＥＲＶを嘲笑する。
（……それでも父さんを理解して、或いは理解しようとしているのは赤木さん――と、冬月さんくらいか……）
手に持ったままのカップを机に置き椅子に身を預け、リツコの方をチラリと見る。
（父さんは赤木さんを、どう思ってるのかな……？ ま〜〜だ、母さんに未練が有りそうだけど……）
レイの事などを考え嘆息する。事実上、死んだも同然の人間にそうまで――生きた人間を不幸にしてまで――拘るか、と思う。
（母さんが本当に死んでたら、後追い自殺していたかもね……。“あの世”なんかが有るのかどうかは知らないけど。
まあ、有ったとしても、実際は初号機に取り込まれているから、死んでも母さんに逢える訳でもなし……。それこそ“補完計画”でも実行して、全てが一つにでもならなければ……――っ！！？）
突然、椅子を倒して立ち上がったシンジに、リツコとマヤが驚く。
「ど、どうしたの？」
身動ぎもせず立ち竦むシンジにリツコは尋ねるが、その雰囲気に飲まれ凍り付き、それ以上言葉を口に出せない。
三者共に無言のまま時が流れる。
「……まさか……」
「えっ？」
「な、なに……？」
呻くような呟きに思わずリツコとマヤが反応したが、シンジには全く聞こえていなかった。ただ、自分の脳内で盛んに思考を巡らす。
（補完計画で人類が一つになれば……でもそれで“会える”と言えるのか……？ 海の中で特定の分子が再び巡り合うのにも等しい筈なのに、どうやって特定の個人と……？）
シンジの思考に合わせて部屋の中の緊張が高まっていき、他の二人は次第に息苦しさを感じていった。が、やがて無音の室内にシンジの吐息が大きく響いた。
「……すいません赤木さん。何も無いようでしたら、今日はこれで失礼させて頂きたいのですが」
「え？ ええ、そうね。今日はこれでお終いにしましょう……」
有無を言わせぬシンジの口調に、リツコはただカクカクと頷く。
「では、失礼します」
一礼して早足で部屋を出て行くシンジを、部屋に残された二人は呆然と見送るしかなかった。
「やほ〜〜。リツコ、こっち終わった？」
ミサトが部屋に舞い戻った時、シンジがいなくなってから暫く経っていたが、リツコとマヤは依然としてそこに佇んでいた。
「……どったの、リツコ？ なんかあったの？」
「……何でもないわ」
再びのミサトの問いにリツコは解凍し、何かを振り払うように二三度首を首を振る。そして身体の力を抜くと、肺に溜まった空気を吐き出した。
「そう……？」
あまり大丈夫そうには見えなかったが、ミサトはそう答えるしかなかった。
「ああ、ミサト……。例のアレ、明日予定通りやるそうよ」
気を取り直したリツコが、別の事をミサトに告げる。
「えっ？ ……ああ、アレね。分かったわ」
「それと……シンジ君も連れて行くから。伝えておいて頂戴」
「ええぇ〜〜！？ な､何でアタシが？ シンジ君さっきまでここにいたんでしょ。何でその時、言わないのよ〜〜！？」
「忘れたのよ……。アナタはシンジ君の家のお隣なんだから、それくらい良いでしょ」
抗議しかけたミサトだったが、疲れきった様子のリツコに渋々矛を収める。
「分かったわよ……」
溜息を吐きつつミサトはそう答えた。
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