ALL'S RIGHT WITH THE WORLD
第五話 C-Part
「綾波、何飲む？」
「……オレンジ」
休憩所の自販機の前に、着替え終えたシンジとレイは来ていた。
シンジはレイの言葉に頷くとボタンを押し、出てきた缶を取り出すとレイに渡す。
続いて自分の分のスポーツドリンクを取ると、レイを促しベンチに座った。
缶の中身を一気に半分程呷り息を吐いたシンジは、視線を目の前の缶に置いたまま意識をレイに向ける。
（綾波の気配が他の人と違うのは個人差かと思っていたけど……）
改めてみてみると“使徒”のソレに近いものがある。或いはクローニングに当たって碇ユイの遺伝子に手を加え、使徒の要素を加味したか。可能性としてはその辺りだろう。
（だからと言って、綾波との付き合い方を変える事は無いな……）
以前から人外の存在と付き合ってきたシンジである。レイの生まれがどうあれ、そんな事は問題ではなかった。そもそも今のシンジ自身まともな人間とは言い難い面がある。
残りのドリンクをゆっくりと飲み下しながら、シンジは一先ずその事にけりを付けた。
実際のところ考えなければならないのはレイの正体ではなく、ゲンドウがレイを使って何をしようとしているのか。そちらの方が問題だった。
飲み終わったのか缶から口を離したレイに目を向けたシンジは、その視界に入ってきた人物に気付き背筋を伸ばした。
「やあ、シンジ君」
「どうも、冬月さん」
挨拶をしてきた冬月に、シンジは座ったまま一礼する。通り過ぎる事無くその場で足を止めた冬月は、シンジに話し掛ける。
「少し良いかね？」
「ええ、構いませんが……」
シンジの答えを聞いた冬月は、チラリと視線をレイに向ける。それに気付いたシンジも、レイを見てから冬月に尋ねた。
「……長くなりますか？」
「うむ……そうなるかもしれん」
頷いたシンジはレイに向き直る。
「綾波、先に僕の家に行っていて」
「……分かったわ」
腰を上げたレイはそのまま立去ろうとしたが、シンジは慌てて呼び止める。
「綾波……こういう時はちゃんと冬月さんに挨拶してからだよ」
何となく、小さい子供を持った父親にでもなった気分を感じながらそう言う。振り返ったレイはレイは少し戸惑ったような表情を見せたが、シンジに目線で促されるとペコリと頭を下げた。
「ああ……気を付けて帰りたまえ」
その光景に冬月は驚いたが、それは顔に出さず挨拶を返した。顔を上げたレイは笑みを浮かべて頷くシンジを見て、微かに頷き返すとその場から離れていった。
ややあって冬月が口を開く。
「……レイと仲が良いようだね」
「パイロット同士、反目し合っていたら勝てる戦いも勝てないでしょう？ ……何かお飲みになりますか？」
「いや、気持ちだけ頂いておこう。……失礼するよ」
腰を浮かせたシンジを制し、『……パイロットとＮＥＲＶ上層部の相互不信はどんなものだろうか？』と思いながら、冬月はシンジの隣に腰を下ろした。
「それで……何でしょうか？」
「うむ……。シンジ君、君はＥＶＡとの必要なシンクロ率に達しておらず……にも関わらずＥＶＡを動かしている。これは我々の想定外の事だ。異常事態と言って良い。それも原因不明の」
「……みたいですね。赤木さんが頭を抱えていましたから」
その様子を思い出し軽く笑うシンジを見て、冬月は溜息を吐きながら続ける。
「使徒との戦いに差支えないとはいえ、我々としてはこれをそのままにしておく訳にもいかん。原因を見付ける為にも、シンジ君を調べさせて貰いたいのだが……」
「お断りします」
「どうしても駄目かね？」
そう答えるであろう事は予想していたが、間髪入れないシンジの拒否に冬月は些か憮然とした。
「僕がＮＥＲＶと交わした契約は、ＥＶＡに乗り使徒を倒す事です。それ以外の事をする義務は僕にありませんし、期待されても困ります」
「では、その件については別契約で……」
「残念ですが、その気はありません」
なおも食い下がる冬月を、シンジはあっさりと払い除けた。
「冬月さん、貴方は……裏で患者の臓器の摘出と売買をやっているという噂のある医者に、身を任せる気になりますか？」
「い、いくら何でも喩えが極端過ぎないかね……！？」
シンジの言葉に冬月は顔を引き攣らせて反論するが、
「そうですか？ 肝心要の事を隠して碌でも無い事を企んでいる、という点では全く同じでしょう？」
「…………」
結局は応えられる言葉も無く沈黙するしかなかった。そもそも人の命を弄んでいると言う点で洒落や比喩になっていない。
眉間に皺を寄せる冬月の様子を見て、シンジは口を開く。
「……とは言え、僕はＮＥＲＶの全てを知っている訳ではありません。僕の知らない所でＮＥＲＶが――或いは碇司令でも良いですが――何か僕に信用されるに値する事をしているのかもしれません。……冬月さん、もしそのような事をご存知でしたら教えて頂きたいのですが……どうでしょう？」
そのような事は、まず無い事を知っていてシンジは言う。『実は碇の奴は、いつもシンジ君の事を電柱の陰から見守っていたのだよ』と言い出さないだろうな、などと心の中で笑いながら。
「……………………」
「無いんですね？」
シンジは幾ら待っても応えない冬月を促すが、それでも顔を歪めたまま無言を続ける事に溜息を吐く。
「冬月さん。もし貴方が僕の立場だったら……貴方はＮＥＲＶを信用出来ますか？」
「……無理――だな」
搾り出すような冬月の小声を聞き、シンジは肩を竦める。
「自分が出来もしない事を、他人に望むものではありませんよ」
「むうぅ……」
自分の孫のような年齢の少年に諭された冬月は、ただ唸り声を上げるしかなかった。
一気に数年老け込んでしまった感のある冬月。ゲンドウに面倒を押し付けられた哀れな老人を少々気の毒に思いながら、シンジは話を変えた。
「ところで冬月さんは、碇司令と付き合いが長そうですが……？」
「ん？ ……ああ、そうだね。君が生まれる前……もう十五――十六年になるかな」
戸惑いながら答え、『それがどうしたのかね？』と表情で問い掛ける。
「いえ。碇司令は僕から見て――何と言うか――あまり上司にしたくないと言うか、そういう魅力が皆無なので……。どうしてそんな人間の下で長年やっているのか？ と思いまして」
それを聞いた冬月は声を上げて笑い出した。
「そ、そうだな、確かに。碇は付き合っていて楽しくなるような奴じゃない」
思わず本音が出る。
「初めて会った時の第一印象が『嫌な男』、だったしな」
更に口元を押さえながら笑い続ける冬月を見て、シンジは首を傾げた。
「第一印象どころか――あれは『嫌な男』を捏ね回して型に入れて焼き上げたようにしか思えませんけど……」
その評に流石にゲンドウが気の毒になったか、冬月は漸く笑いを収めた。
「息子にそこまで言われては、碇も可哀想だな……」
「……他人ですよ」
「そ、そうだったね。……ともかく、こう言ってはなんだが、私も碇の人格に惚れて従っている訳ではない。そう……奴の目指す所を私も見てみたい――その為に、かな」
「目指す所、ですか。使徒を倒す以外にも何かあるようですが……精々それが出来るだけ他人に迷惑を掛ける事でないのを祈りますよ」
“人類補完計画”の事は既にシンジは知っている。だがそれをおくびにも出さず、韜晦じみた皮肉を口にした。
「ま、まあ、それは碇だけではない。ユイ君――シンジ君のお母さんが望んだものでもある」
ここまで告げて良いものかとも思いながら、冬月は言う。
「母さん――ですか？」
「覚えているかね？」
「いえ、それが全然」
「そうか、無理も無いな」
一応申し訳なさそうにするシンジの様子に、冬月は十年前の“事故”を思い出しながら頷く。
「冬月さんは母さんとも面識が？」
「ああ。やはり十六年前、京大で教鞭を取っていた時の学生でね」
「すると――二人が結婚する前から？」
「うむ、あの二人が付き合っている事を知った時は、私も驚いたよ」
顎を撫でながら当時を回想する冬月。
その様子を見ながらシンジが質問する。
「母さんは父――碇司令のどこが気に入ったんでしょう」
「私もそれを訊いたのだがね……彼女は碇の事を『可愛い人』だと言ってね……」
「可愛い、ですか！？」
「うむ」
素っ頓狂な声を上げたシンジに、『さもありなん』とばかりに冬月は頷いた。
「そ、そうですか。可愛い……。ま、まあ、蓼喰う虫も何とやらと言うか、破れ鍋に綴じ蓋と言うか……。母さんって、ひょっとして強度の乱視だったとか……？」
額を押さえ唸りながら悩むシンジを見て、冬月は知らず笑みを零した。そして話はここまでと、腰を上げながら最後にもう一つ言う。
「ユイ君が目指した事について、詳しい事を口には出来んが、彼女は決して君の不幸を望んではいなかった。それは信じてやってくれ」
「……マンハッタン計画に関った学者達も、別段人類の不幸を望んでなどいなかったでしょうね」
だが、溜息混じりのシンジの呟きを聞き、蹌踉いて再び尻を椅子に落してしまった。
コンフォート１７のシンジ宅。
夕食を終えたシンジとレイは、リビングに移っていた。シンジはすっかり冷めきった紅茶に殆んど手を付けず、テレビから流れるニュースも聞き流し、テーブルに肘を突いてぼんやりしていた。そんなシンジをレイもただ無言で眺めている。
やがてテレビの時報の音に、シンジは我に返った。カップを手にし、冷めてしまったお茶を啜り僅かに顔を顰める。
「……何を考えているの？」
その様子を見ていたレイが、シンジに尋ねた。
「そうだね、色々と……。男と女は謎に満ちている……とかね」
今日あった事に思いを巡らせていたシンジだったが、それをそのまま言う訳にはいかず、誤魔化すようにその一部を語った。そして、それを聞き小首を傾げたレイの様子にクスリと笑う。
「もう一杯飲む？」
そう勧めるシンジにレイは小さく首を振り、
「じゃあ、そろそろ帰るかい？」
との言葉にやや間を置いて頷いた。
シンジは、レイが『帰りたくない』という気持ちを持ち始めているのを察したが、今はまだ引き止めなかった。
「送っていくよ」
そう言って立ち上がり、二人で玄関に向かい外に出る。が、途中で何か思い出し、シンジは部屋に引き返した。
「はいこれ。セキュリティカード。新しい奴だって」
戻って来るとカード――本部を出る間際、マヤから預かった――を手渡す。何の感慨も見せずそれを一瞥したレイは、直ぐに仕舞ってしまった。その様子に苦笑しながら、シンジは別の事を話し掛ける。
「綾波、明日は再起動実験だね。大丈夫だと思うけど、気を付けて」
「……何故、大丈夫なの？」
思わぬ質問にシンジは一瞬言葉を失う。
ゲンドウが前回の零号機起動実験を“失敗させた”というのは、状況証拠のみの仮説に過ぎない。ＭＡＧＩを調べても証拠は無かった。だから――少なくとも今は――それをレイに告げる訳にもいかない。また、明日の実験について、おかしな細工がなされた様子も無い。が、それをどうやって知ったかを言う事も出来ない。
「まあ、赤木さんも、二度も同じ失敗をしそうなら、やろうとはしないだろ」
結局、無難な答えで済ませた。
「……そう」
「明日は一緒にＮＥＲＶに行こうか。綾波の家に迎えに行くよ」
「ええ」
短い返答に僅かな感情の波と、また先程の質問からレイがゲンドウから離れようとしている気配を感じ、シンジは内心で頷いた。
翌日、零号機再起動実験前、レイは一人プラグスーツを着込みながら本部に来るまでの事を考えていた。
シンジはレイに色々と話す。そして考えるように、と言う。
今日もそうだった。
「――飼われている犬は確かに大抵の場合野良犬より楽に生きる事が出来る。それが幸せであるかどうかは分からないけど」
「……飼われる事は不幸なの？」
「とは限らない。幸か不幸か感じるのは本人の問題だから」
「…………」
「だけど、ある時幸福だとしても、その先ずっとそうでいられるかな？」
「……何故？」
「例えば、飼い主が皆常に理想的な飼い主でいるとは限らない。だからこそ虐待される犬や捨てられる犬が存在する」
「…………」
「それに飼い主が善良な人間だったとしても、人には人の都合がある。ひょっとしたら飼っている家の父親の会社が倒産して、夜逃げする羽目になるかもしれない。そうなった時、恐らく犬は捨てられる事になる」
「…………」
「或いは手で犬を撫でながら、頭の中では『美味そうだ』と思っているかもしれない。犬は明日にでも屠殺される運命なのかも」
「…………」
「犬ならいい。犬は何も分からないのかもしれないから。その時になって泣き喚く事になっても、まあ責任があるとは言い難い。でも人間は……それが『知ろうとしなかった』『考えようとしなかった』のなら、その人間の責任だ」
「……碇司令が、そうだと言うの？」
「さあ？」
「……」
「綾波は僕よりも長く司令と関っている。僕よりも良く『知っている』筈だろ」
「……」
「……綾波は以前『司令を信じている』と言った。『助けてくれたから』と言った。
でも、その『助けてくれた』司令は、何故綾波を酷い環境に置いておく？ 何故大怪我のまま戦いに出そうとする？ 何故考える事をさせない？」
「…………」
「まあ、綾波がいつ壊れるかも分からない楽園に居たいと言うなら、僕もそれ以上言えないけど」
「…………」
「――しかし、イブを唆した蛇にでもなった気分だね。だとしたら、神様気取りの蝿の王はどう出るかな？ そもそも僕を呼び込んだのが自分だというのを、忘れていなければ良いけど」
レイは考える。
だが考えは纏まらない。
「私は…………何故ＥＶＡに乗るの……？」
レイが着替え終えるのを廊下で待っていたシンジは、その俯き硬くなった表情を見て軽く息を吐いた。
（あちゃ、実験前に余計な事を言い過ぎたかな。綾波が物事の切替が出来る程、器用な娘じゃない事を考慮すべきだったな……）
レイが未だ“幼い”事をシンジはつい失念していた。自覚していなかったが、ＮＥＲＶの事を知り、些か気が焦っていたのかもしれない。
シンジは壁から背中を離し、レイに近付く。
「綾波、今は起動実験の事を考えて」
顔を上げたレイの頭に掌を乗せ、髪を梳くようにゆっくりと撫でる。
「変な事を言った僕が悪いけど、それ考えるのは別の時で良い。そうでないと余計な怪我をする事になるよ」
黙って撫でられながらシンジを見詰めるレイの顔が、柔らかくなったのを確認するとシンジは笑ってみせる。
「大丈夫、今日は成功するから。頑張って」
そう言って手を離したシンジに、レイはほんの少し不満気な様子を見せた。それに気付いたシンジだったが、
「さて、それじゃ行こうか」
レイを促して歩き出した。
実験場管制室でスタッフが忙しく働く中、観測窓正面に立ったゲンドウは、何も言わず固定された零号機を見詰めていた。スタッフはその様子に既視感を覚え、不吉な予感を拭えず脂汗を流す。ただ、誰もそれについて口に出して指摘はしなかった――口に出したら最後、現実になりそうな気がして。
「これより零号機の再起動実験を行なう」
やがて、ゲンドウは徐に実験開始を宣言する。
「第一次接続開始」
「主電源コンタクト」
「了解」
「フォーマットをフェイズ２へ移行」
「パイロット、零号機と接続開始」
「回線開きます」
プラグ内が虹色に輝き、次いでモニターが実験室内の光景を映し出す。管制室に見えたゲンドウの姿から、レイは意識せず目を逸らす。
不意にレイの心に不安が忍び寄ってきたが、シンジの言葉が脳裏に響く。
『大丈夫』『頑張って』
同時に頭に乗せられたシンジの掌の感触を思い出す。身体の強張りが解け緊張が緩み、レイは軽く息を吐き出した。
「パルス及びハーモニクス、正常」
「シンクロ問題無し」
管制室に入らなかったシンジは、実験場の片隅の小窓から零号機を眺めていた。
（綾波はこれまで零号機と初号機を暴走させている。普通に考えれば僕を初号機に乗せて、零号機の暴走に備えさせるくらいはしてもいいと思うけど……。そうしないという事は、今回は暴走させる要素がない。つまり……）
苦々しく思い、シンジは管制室の方に視線を向ける。そんなシンジの背後から、能天気な声が掛かった。
「シンジく〜ん。や〜っぱレイが心配〜〜？」
声の主――ミサトも緊張に耐えられず、それを解す為だったかもしれないが、シンジには溜息を吐かせるだけだった。
「当然でしょう、心配するのが」
「……何よ、からかい甲斐が無いわね〜〜」
あっさりと答えたシンジにミサトは文句を言うが、それに取り合わずシンジが続ける。
「まあもっとも、今回の実験が成功するのは分かってますけど」
「へぇ？ 何でよ？」
「僕がここに居ますから」
「おおっ！ 言うじゃない〜〜！！」
暴走した零号機を取り押さえる要員が必要とされてない、という意味で言ったシンジだったが、それを取り違えたミサトは単純にはしゃいだ。
それとは対照に、シンジは何も解っていないミサトの様子にガックリと項垂れ、
（何も考えてないのが、ここにも……）
内心で深い溜息を吐いた。
一方、管制室では次々と順調に起動手順は進んでいたが、緊張は解ける事無く最終段階に入った。
「絶対境界線まであと２．５、１．７、１．２……………………０．１、突破。ボーダーラインクリア。零号機、起動しました」
各所で安堵の溜息が漏れた。しかし、それを引き締めるように新たな指示が飛ぶ。
「引き続き連動試験に入ります」
続く作業にスタッフが取り掛かったところに電話が鳴り、冬月が受話器を取り上げる。
冬月は二言三言言葉を交わすとそれを置き、ゲンドウに告げた。
「碇、未確認飛行物体がここに接近中だ。おそらく、第５の使徒だな」
「実験中止。総員第一種警戒態勢」
即座に命令するゲンドウ。
警報が鳴り出し、人が慌しく動き始めるのを横目で見ながら冬月が尋ねた。
「零号機はこのまま使わないのか？」
「まだ戦闘には耐えん。初号機は？」
リツコに向けて言う。
「３８０秒で準備できます」
「出撃だ」
「はい」
続けて零号機に回線を繋ぐ。
「レイ、再起動は成功した。……戻れ」
それだけ言うとレイの答えを聞く事無く、ゲンドウは通信を切った。
ＥＶＡとの接続が切れると共に照明が消え、暗闇になったプラグの中でレイは身体の力を抜いた。口から気泡が零れ、上へと昇っていく。
『碇君の顔が見たい』
何故かそう思った。
初号機に乗り込んだシンジは、外で使徒を監視しているファウストに“繋ぎ”情報を検討していた。巨大なクリスタルブルーの八面体という、生物とは思えない姿に呆れながらも、冷静にそれを観察する。
《付属肢や触手の類は無し。変形するか中に“本体”が入ってるのでもなければ、接近戦向きじゃないな。射出口のような物も見えないから、おそらくは指向エネルギー兵器による遠距離攻撃に特化したものだろう……》
《内部に加速器状の構造が確認出来ます》
《レーザーかビームか……。何れにせよ、とんでもない威力がありそうだな……》
《どうしますか？》
《……兵装ビル等の通常兵器で飽和攻撃。それに紛れて近付き、接近戦を挑む――ってとこかな。射出の場所とタイミングが重要だけど》
そこまで話して苦笑する。
《まあ、葛城さんがどういう作戦を立てるか、まずそれを聞いてからだね》
ふと目を上げると、ケイジの壁に設けられた通路に白い人影が見えた。直ぐに誰であるか気付き手を挙げようとして――思い止まった。流石にまた拘束具を壊す訳にはいかない。
（こういう時、外から見えないコックピットは不便だな）
シンジは少し残念に思った。
発令所ではモニターに映し出された使徒を背景に、初号機の発進準備が進められていた。
「ＥＶＡ初号機、発進準備。第一ロックボルト、外せ」
「解除確認」
「了解。第二拘束具除去」
「ＥＶＡ初号機、発進準備よし」
その言葉に頷いたミサトは、モニターのシンジに呼び掛ける。
「シンジ君、準備いいわね」
『駄目です』
気合の入ったミサトの台詞だったが、気の乗ってないシンジの返事に目を吊上げ顔を引き攣らせる。
『それより敵の――』
「――情報と、こちらの作戦を教えて下さい」と続けようとしたシンジだったが、ミサトは皆まで聞いていなかった。
「発進！！」
シンジの言葉を無視し、怒りの篭った命令を下す。
それに従い初号機が地上に向けて射出される。
『こ、この馬鹿ーーーーーーーっ！！』
Ｇに潰れたようなシンジの罵声が発令所に響いたが、ミサトは半分『いい気味だ』などと考えていた。もっとも、それは青葉の報告と共に消飛ぶ事になったが。
「目標内部に、高エネルギー反応！」
「なんですって！？」
驚いたミサトは慌てて青葉の方に振向き確認しようとする。
「円周部を加速！ 収束していきます！」
「まさか……！」
リツコは直ぐにそれの正体に思い当たる。
しかし、何か対策を考える間も無く、初号機が地上に現れた。
「ダメ、避けてっ！！」
ミサトは絶叫するしか出来ない。
ピラミッドを張合わせたような使徒の、その継ぎ目から光が漏れる。
これを予測していたシンジは、直ぐさまその場を離れようとしたが、
「っ！？」
これまで何度も拘束具を壊した初号機を固定する為、それは格段に強化されていた。
それでも初号機にとって、これを無理矢理排除する事は不可能ではなかったろう。だが、一瞬でも初号機の動きが封じられれば、使徒の放った光条が届くには充分だった。
それは手前のビルを瞬時に溶解させ、初号機の胸部を直撃する。
『――！！！！』
一気にＬＣＬの温度が跳ね上がり、シンジが声にならない叫びを上げる。
「シンジ君！」
発令所に鳴り響く。
警報と、それを押し退けるようなミサトの悲鳴が。
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