ALL'S RIGHT WITH THE WORLD
第四話 B-Part
助手席のレイは無言でサイドウィンドから、流れていく夜の街並みを眺めていた。
運転するシンジからはその表情は窺えない。
シンジも無言のまま、フロントガラスに弾かれる雨滴と、規則正しくそれを拭取る棒状の装置を目で追っていた。
（……何も考えていない、と言う訳じゃ無いと思うけど……）
レイの後頭部を横目でチラリと見てシンジは考える。
（……いや、“命令”されている可能性はあるな。『余計な事を考えるな』とか『詰まらない事を考えるな』とか……）
そういう事を“命令”するであろう人物を思い出し、忌々しげに内心で舌打ちする。
シンジが心のゲンドウを百八種類の死刑に処している内に、車は旧市街地に差し掛かっていた。
「はい。着いたよ、綾波さん」
「…………」
レイのマンションの入口で車を停め、シンジは声を掛ける。
しかしレイはそれに応えず、降りる素振も見せない。
シンジは戸惑い、どうしたものかと考えつつ動きを止める。
「……ナゼ……？」
「えっ？」
無音だった車内の空気を、レイの微かな声が震わせる。
思わず聞き返したシンジにレイが再び問い掛ける。
「……何故……あんな事を言うの……？」
言われてシンジは、それが自宅での会話の事だと思い当たる。
「何故、って言われてもね……。別に理屈でやっている訳じゃないし」
「…………」
シンジは言いながら頭を掻き、レイは黙ってその様子を見詰める。
「それに……前に言っただろ？ 僕は君の絆になるって。それの一環かな？」
「……………………
どうして……？ あなたと私は何でもない……。同じパイロットと言うだけなのに……」
レイのその疑問にシンジは思わず苦笑し。
「人間っていうのは、誰でも最初はお互いに『何でもない』んだよ。……それから、理由や見返りを求めて行動するとは限らない――」
病院での事を思い出して続ける。
「――敢えて理由を付けるなら……あの時、君が助けを求めてるように見えたから――かな」
「私は――」
レイは言い掛けて言葉を切る。
「――そんな事を考えてない？」
シンジが途切れた台詞を補う。
「それなら何であの時、綾波さんは手を伸ばしたの？」
俯きながら考えを巡らすレイを、シンジは静かに見守る。
「……苦しいんだろ？」
「……えっ？」
唐突な問い掛けにレイはシンジの顔を見る。
「“命令”されているんじゃない？ ……『考えるな』って」
それを聞いたレイは身を堅くし、膝の上で拳を握り締める。その様子を『肯定』と受取ったシンジは続ける。
「綾波さんは言ったよね。『私は道具じゃない』って。でも、『考えるな』って言う事は、『人間である事を放棄しろ』と言っているのと同じ事……」
一度言葉を切り、息を吐く。
「……解っているんでしょ？ 自分でも」
「………………」
――でも、気付きたくはない。私は唯一人、あの人を信じている“筈”だから――
――あの人が唯一の絆の“筈”だから――
――あの人の望みを叶えるのが私の生まれてきた理由――
――でも、あの人は自分をヒトと見ていない――
――…………――
――私の願いは無に帰る事――
――……何も問題はナイ――
――………………――
――…………――
――……――
――……イタイ……――
――……ナゼ……？――
――……モンダイナイノニ……――
――………………――
――……クルシイ……――
――…………――
――……――
――……ワタシハ……ドウグジャ……ナイ……――
――………………――
――…………――
――……――
心を苛む葛藤にレイは身を震わせ、自分の身を掻き抱く。
だが、頭に感じた重みと温かさに動きを止める。
ゆっくりと髪を撫でるそれの動きに合わせて呼吸と心拍が緩やかになり、身体の強張りが抜けていく。
「……ごめん。また、キツイ事言っちゃったね」
レイが落着いたのを見てシンジは口を開く。
「でも……。そう言われて苦しいのは、綾波さんが心を持っているという事。道具や何かではないと言う事……」
顔を向けたレイに微笑み掛けながらシンジは続ける。
「それに、あの時……綾波さんが手を伸ばしたのは、自分の意志だろう？
……だから、誰が何と言おうと綾波さんは人間だよ」
もう一撫でしてから、シンジはゆっくりとレイの頭から手を離す。
二人が無言のまま、暫し時が流れる。
「……どうする？ やっぱり僕の家に来るかい？」
「…………」
答えないレイを見て、シンジは少し頭を冷やさせた方が良いと判断し溜息を漏らす。
「今直ぐ結論を出さなけりゃいけない物でもない。分らなければ今日の所はこれまでにしよう。
……部屋まで送るよ」
「…………」
シンジに促されてもレイは身動きせず、シートに身を埋めていた。
「……綾波さん。明日何も無いようなら、学校の帰りに僕の家に寄ってよ。また、夕飯を御馳走するから」
「…………」
それに答えないレイは答えなかったが、シンジは気にせず笑い掛ける。
「それじゃあ、おやすみ」
「…………おやすみなさい」
挨拶が返ってくるとは思わなかったシンジは少し驚いた顔をしたが、頷くとそっと玄関の扉を閉めた。
部屋の中に残されたレイは、暫くその場に佇み扉を見詰めていた。
剥き出しのコンクリートの壁が、いつに無く冷たかった。
薄汚れた階段を降りながら、シンジは首を捻っていた。
（う〜〜ん……。もっと、強引に勧めた方が良かったのかな……。でも、綾波さん自身がちゃんと考えないと……。
……やっぱり僕は経験不足だよな。どうしたら良いのか、よく判らないや……）
同時に苛ついている自分を感じていた。その理由に気付き、自分でも意外に思う。
最下段まで来るとシンジは足を止め、思考を切り替える。
半包囲するように四人の黒服が出口を塞いでいるのを見て、シンジは内心でニヤリと笑う。
（どうやら、少しは気分をすっきり出来そうだ……）
その思いは顔に出さず、相手の言葉を待った。
翌日、シンジは予定通り第３新東京郊外に出ていた。
山肌に隠されたミサイルランチャーや、ロープウェイに偽装した銃座といった今一つ理解し難い代物に頭痛を感じながら、シンジはそれらの施設をチェックしていた。
（……まあ、将来の首都と言う名目があるから、あからさまに兵器を置けなかったんだろうけど。……税金の無駄遣いだな。
……それを言ったら、第３新東京自体がそうか）
馬鹿々々しくなったシンジは、その碌でも無い代物を眺め遣り盛大な溜息を吐いた。
そろそろ夕方が近付いてきた時刻。
ススキ野原に足を踏み入れたシンジは、小さく聞こえる妙な声を耳にして足を止めた。
耳を澄ますと、一人の人間が何やら騒いでいるらしい事が判り、眉を顰める。
しかし、その場にいても状況は知れないと、ゆっくり音源の方に歩み出す。
視界が開けると、見覚えのある人物が銃を振り回しながら転げ回っているのが目に入った。
（……あれって……………
あんな目に遭ったのに、懲りていないのか……）
シンジは軽い頭痛を感じて額に手を当てた。
一方、奇態を演じていた人物もシンジに気付き、動きを止めて近付いてきた。
「……碇じゃないか」
「やあ、メガネ君」
「メ、メガネ……って――」
シンジに言われた相手――相田ケンスケは、思わず蹌踉いてしまう。
「――ひょ、ひょっとして、俺の名前、知らないのか！？」
「知らないも何も――」
シンジは苦笑いする。
「――君の事、紹介も何もされていないんだけど……」
「はぁ〜〜。そう言や、そうだったな……。俺は相田ケンスケ。趣味は見ての通りミリタリーと、ビデオの撮影。まあ、取敢えずこんな所かな」
ケンスケは肩を落して嘆息し、自己紹介する。
「よろしく。僕の方は……今更言うまでも無いよね？」
「ああ、まあね……。そうだ、こんな所で話しているのもなんだ。付いて来いよ、コーヒーくらいあるぜ」
「……そうだね。ありがたく招待させてもらうよ」
ケンスケの誘いに、シンジは少し首を傾けると素直に応じた。
「……トウジの奴さ、反省してた。妹に説教されたらしいよ。『私達を救ってくれたのは、あのロボットなのよ』って」
テントの脇に座り、シンジにカップを渡しながらケンスケが言う。
「別に、誰かを護る為に戦った訳じゃないんだけど――」
礼を言いながらそれを受取り、シンジは気体分子を鼻腔に吸い、液体を口に含む。
「――トウジ、って黒ジャージ君の事かい？」
「黒……そう言えば、トウジも名乗らなかったな」
「うん。突然いちゃもん付けて、いきなり殴り付けてきたからね」
「……ま、トウジもトウジなりに理由があったんだよ」
シンジの物言いに少し口元を引き攣らせながらも、ケンスケはトウジを弁護する。
「分かってる。家族を傷付けられたんだ、彼が怒るのも無理は無い。
……もっとも、僕に当たられても困るんだけどね」
「そうだろうな……。トウジも分かっていたとは思うんだけど……」
ケンスケも自分のコーヒーを啜る。
「あと言い忘れてたけど、この前の戦いじゃ迷惑を掛けちゃって、悪かったな。
謝ろうと思ってたんだけど、碇は学校に来ないし、家に行ってもいなかったしさ」
「いいよ、もう済んだ事だし。これから気を付けてくれれば。
……ただ、あの時君達の命があったのは運が良かっただけだ。それだけは忘れないで」
「ああ……分かってる……」
シンジの言葉にその時の事を思い出したのか、ケンスケが身震いしながら答える。その様子を見たシンジは目線を下げカップを呷る。
「そういや、碇ってどうやってロボット――ＥＶＡＮＧＥＬＩＯＮだっけ？ ――のパイロットに選ばれたんだ？」
「……詳しい事は知らないけど、何でもＥＶＡのパイロットは特殊な遺伝子を持っている事が必要らしい……」
「はぁ〜〜そっか〜〜……。じゃあ、俺は無理なのかなぁ〜。……碇がすっげー羨ましいよ。あんなのを操縦出来てさ！」
それを聞いたシンジは呆れてケンスケの顔をマジマジと見る。
「……あれ程危ない目に遭ったのに、まだ懲りてないの？」
「あれはあれ、これはこれさ。やっぱり、巨大ロボットの操縦は男の浪漫だよ」
「浪漫、ねぇ……」
シンジは溜息を吐く。気持ちが分からないでもなかったが、シンジにとって戦いはあくまで現実――それも、嫌になる程の――だった。
「……戦場のロマンチシズム、って奴かな？」
「ああ。それに人類の命運を懸けた戦いだぜ！ これで燃えなきゃ男じゃないよ！」
熱く主張するケンスケとは対照的に、冷めてしまうシンジ。
「まあ、そういう事がある、っていうのは認めないでもないけど……。実際の戦場にそんな物は１％も無いよ。あそこにあるのは９９％のリアリズムさ」
ケンスケの言葉を馬鹿々々しく感じながらも、シンジは『だからこそ、人は戦いにロマンチシズムを求めたがるのかな……』などと内心で思う。それでも頻りにＥＶＡパイロットや戦いへの憧れを口にするケンスケのはしゃぎように危惧を覚え、釘を刺しておこうと溜息を吐きつつ懐に手を入れる。
「おおっ！ グロック１９！ 何処の製品だいっ！？」
シンジが無言で突き出したモノを見て、それが本物とは思わぬケンスケはそのリアルさに狂喜して、カップを放り出し立ち上がる。
その足元に、やはり無言のままシンジは無造作に弾を撃ち込んだ。
「うわっ！？」
慌てて飛退いた所に更に連続して撃たれ、ケンスケは不思議な踊りを踊る。
「うわっ！ うわわわわっ！！」
全弾撃ち尽くしたシンジは素早く弾倉を交換すると、尻餅を付いたケンスケの額にポイントする。
「ま、待て碇！ こ、殺す気かよっ！」
ケンスケは震えながらも何とか声を出し、シンジに抗議する。
「……これが戦いの――最大の現実。“死”だ」
何の感情も篭っていないシンジの言葉と目に、ケンスケはゴクリと唾を飲み込む。
「戦争に夢や憧れを持つのは勝手だけど、今や第３新東京は悪夢じみた現実の真っ只中。魔女の大釜って奴だ。
あの世に行ってから後悔する事になっても知らないよ」
「た、確かに……そうだな……」
ガクガクと何度も頷くケンスケを見て、『何処まで分かっているのか……』と思わないでもなかったが、シンジは取敢えず銃を懐に戻す。目の前の危険物が無くなったケンスケは安堵の息を吐き、ノロノロと元の場所に戻った。
「……碇ってさ、……人、殺した事があるのか？」
何とか人心地ついたケンスケが、先程躊躇い無く銃を向け発砲したシンジの様子を思い出して恐る々々訊く。
「はっはっはっ……。何を言っているんだい、相田君。僕は中学生だよ。そんな事がある筈無いじゃないか」
「そっ、そうだよな……。な、何言ってるんだろうな、俺……。は、ははははは……」
空々しく答える――しかし、目に冷たい光を湛えた――シンジからのプレッシャーに、ケンスケは顔を盛大に引き攣らせつつ乾いた笑い声を上げるが、それを収めるとシンジから視線を外す。
ケンスケの様子にシンジは一息吐いて、気を散じる。
「……ついでだから忠告しておくけどね……ＮＥＲＶには関わらない方がいいよ」
苦笑混じりのシンジの声に、項垂れていたケンスケは顔を上げる。
「な、何だよ……。ＮＥＲＶって、そんなにヤバイとこなのか？」
「ああ。ＮＥＲＶにとっちゃ、貴重な筈のＥＶＡのパイロットですら道具扱いだ。いわんや一般人なんてね……。連中は自称しているほど正義の味方じゃない」
「で、でもさ。軍隊なんて、どこもそんなもんなんじゃないか？」
ケンスケは反論してみる。
「それは認めるけど、道具だって扱い方ってものがあるだろう？ その辺がどうもね……」
シンジは改めてＮＥＲＶのやり様を思い返す。
「例えば僕なんか、使徒がやってきた当日に司令に――ああ、一応遺伝子上の父親なんだけど――呼び付けられて、何の説明も無しに脅し賺しの挙句、最後は無理矢理操縦席に放り込まれたよ」
「……マジかよ？」
「マジだよ。そもそも僕は第３新東京に来るまで、ＥＶＡの事なんて見た事も聞いた事も無かったしね。当然、初めての戦いは訓練無しの、ぶっつけ本番。おまけに援護すらしてくれなかった」
「はぁ〜〜……。よく、それで生き残れたな……」
それを聞いたケンスケは深い溜息を吐き、しみじみと言った。
「まあね。ＥＶＡって所謂思考コントロールで動かしているから……。レバーやペダルで操縦するんだったら、そう上手くいったかどうか……
大体、訓練皆無の人間をパイロットにして、どうやって勝つつもりだったのやら……」
ゲンドウ達がその辺りをどういう風に計算していたのか、今のところシンジには分からない。
「思考コントロールなんだろう？ 碇の実力なら何とかなると思ったんじゃないか？」
「それは無い」
首を傾げるシンジを見てケンスケは思い付きを述べるが、シンジは一言で斬捨てる。
「……理由はアレだけど、ＮＥＲＶが僕の腕を知っていた筈が無いんだ。それに、たとえ知っていたとしても、訓練を施さなかった理由にはならない」
そう言われてケンスケも考え込む。
「……ＮＥＲＶの司令って、碇の親父さんなんだろ？ それじゃあさ、出来れば自分の子供を巻き込みたく無かったんとか……？」
ケンスケの意見にシンジは失笑する。
「アレはそんな殊勝な柄じゃないよ。そもそも、使徒との戦いは負けたら人類滅亡、とか言ってるんだ。僕を遠ざけたとしても、人類滅亡には否が応でも巻き込まれる。なら、ちゃんと訓練した方が、僕が生残る確率が高まるってものさ。
どうしても巻き込みたくないと言うなら、徹底的に遠ざけておけばいい。だろう？」
「…………」
シンジの言葉に、ケンスケは唸りながらも肯定せざるを得ない。
「それに、おかしいのは僕に対する扱いだけじゃない。綾波さんもＥＶＡのパイロットなんだけど――」
「ええっ！？ そ、そうなのか！？」
ケンスケは思わず大声を上げる。
「何だ、知らなかったの？ ――まあ、とにかくそうなんだけど、彼女がどんな生活をさせられているか知ってる？」
「い、いや……」
シンジの問い掛けに、ケンスケは興味深げな顔になる。
「住居は旧市街の取り壊し間際のマンションに一人暮らし。食事は栄養ブロックにビタミン剤……」
「……げっ…………」
ミリタリーについての知識があるだけに、ケンスケはレイの置かれた環境の異常さを理解し絶句する。いや、そもそもまともな人間ならその異常さに疑問を持つだろう。
「……まあ、蛆の涌いた肉を食わされるよりはマシ、ってところかな」
「…………」
シンジが付け加えたコメントに、ケンスケは何も応えられない。それでも肺に溜まった重苦しい空気を何とか吐き出すと、口を開く。
「……そういや、碇が来るまで綾波が昼飯を食っているのを見た事無いな……。碇が綾波に弁当を渡してるのは、それでか……？」
「ま、そんなとこ」
「……綾波の奴、そんな扱いされてよく平気だな」
「綾波さんが選ばれたのは十年ぐらい前って話だからね。多分、それからずっとそんな暮らしをさせられて、疑問を持たないようにされているんだろ。衣食住の事だけじゃなく、生きる事全てに対して」
「…………」
ケンスケはレイの仮面のような無表情や、他人と関わろうとしない態度を思い出し、シンジの言葉に納得した。同時にＮＥＲＶやＥＶＡに対する信頼や憧れが、急速に萎えてしまうのを自覚する。
「……何なんだよ、ＮＥＲＶって……？」
「さあ……。僕も色々調べているけど、今のところ……ね。看板通りの組織じゃないのは確かなようだけど」
項垂れ吐き捨てるように言うケンスケに、シンジは肩を竦めて答える。そんなシンジを見遣ったケンスケは、ふと思い付いた事を尋ねる。
「なあ、碇……。ひょっとして、話してくれた事は機密事項じゃないか？」
「……或いは、そうかも」
「そ、そうかも、ってなあ〜〜」
笑いながら言うシンジとは対照に、ケンスケは大いに焦って言う。
「関わり合いになりたくなければ、口を閉じていればいいさ。僕も吹聴するつもりは無い」
「そ、そうか……」
シンジは一応安心させるように言い、ケンスケも何とか納得する。
暫く無言のままだったが気を取り直したケンスケは、新しくコーヒーを煎れ始める。
「もう一杯飲むか？」
「いや――」
カップに残っていたコーヒーを飲み干してシンジは立ち上がり、
「夕飯の買い物もしなくちゃならないし、もう帰るよ。ごちそうさま」
礼を言いながらケンスケにカップを返す。
「碇」
手を振って立去ろうとするシンジに、ケンスケが声を掛ける。
「学校に来いよ」
それを聞いたシンジは笑って頷き、もう一度手を上げてから歩き出した。
「……しまった」
黙ってシンジを見送っていたケンスケだが、その背中が見えなくなると呟いた。
「畜生！ 何でこんな時にカメラが無いんだ！ 売れたぞ、あの笑顔は！！」
ケンスケはシャッターチャンスを逃した事を憤り、地団太を踏んで悔しがった。
……些か不純な物も混じっていたが。
野原を一人歩くシンジの脳裏に声が響く。
《……シンジ、松代のＭＡＧＩ・コピーを落す事に成功しました》
それを聞いたシンジは足を止め、ニヤリと笑う。
《よくやってくれた、ファウスト。何か重要な情報は？》
《それは流石に……。幾つか興味深いものはありましたが……》
《そうか。……こっちの仕込みも上々だ。帰ったら、本番の打合せをしよう》
《はい……》
《準備を整えて、直ちに本部のＭＡＧＩを攻略する》
《了解。では……》
声が消える。
シンジは表情を引き締め、先程より速い足取りで歩き始めた。
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