ALL'S RIGHT WITH THE WORLD

第弐話　B-Part



　会話も無く本部の通路を歩いてきた三人は、司令執務室の扉の前に辿り着いていた。道々擦違った職員達の中には、妙に緊張した様子のミサトとリツコに奇異の視線を向ける者もあったが。
「赤木です、サードチルドレンを連れてきました」
『――入りたまえ』
　インターホンに来意を告げたリツコの声に、返ってきたのはゲンドウではなく冬月の声だった。それは別段珍しい事ではないらしく、リツコは気にせずシンジを振り返る。
「それじゃあシンジ君――」
「ここまでで結構ですよ、赤木さん、葛城さん。どうも御苦労様でした」
　慇懃無礼な、しかし有無を言わせぬシンジの口調に、リツコとミサトは押し黙り動きを止めた。開いた部屋の中にシンジが消え、再び閉じた扉がその姿を隠すと二人は脱力しその場にへたり込んだ。


　部屋に入ったシンジはその無意味なまでの広さと、天井と床に描かれた奇怪な模様を見て眉を上げた。
（セフィロトの樹……。どういう趣味をしてるんだ、父さんは？　まさか、変な宗教に嵌り込んでるんじゃないだろうな……？）
　その模様の正体に気付いたシンジは、同時にＮＥＲＶ本部が“ピラミッド型”をしていた事も思い出しイヤな顔をした。そんなシンジに、机に座り口元を組んだ両手で隠したゲンドウが声を掛ける。
「……何の用だ」
　それを聞いたシンジは机の前まで歩みを進め、ゲンドウを見下ろし一言。
「父さん、こんな薄暗い部屋でサングラスなんか掛けていると、目を悪くするよ？」
　横にいた冬月はその言葉に吹き出しかけ辛うじてそれを抑えたが、ゲンドウは何の変化も見せず繰返す。
「何の用だ」
「……もう、用事は終わったと思うから。別れの挨拶をしに」
　感情を見せないゲンドウの様子に、シンジは一つ肩を竦めて言った。
「……お前は既にサードチルドレンとして登録されている。使徒はまだ来る。帰る事は許さん」
「なんだよ、サードチルドレンって？　僕はそんなものになるなんて承知した憶えはないよ。今日だって無理矢理ＥＶＡって奴に乗せられただけだし。
　それに『許さん』って何さ？　僕は父さんなんかに許して貰うつもりは無いし、第一『臆病者に用は無い、帰れ』とか言ったのは、どこの誰さ？」
　たっぷりと棘を生やしたシンジの言葉だが、ゲンドウの鉄面皮は――見た目は――傷付いた様子も無かった。
「お前の荷物は既にこちらに送ってある」
　それを聞いたシンジは、思い切り胡散臭気な目でゲンドウを睨め付けた。
「ふん、引越すつもりでここに来たんじゃないのに手際の良い……。『お前に帰る所は無い』ってわけ？　中学生相手に脅迫なんて、つくづく下衆だね、父さんは。
　……それならそれで構わないよ。帰る所が無くても生きてはいけるし、死んだら死んだでその時はその時さ。どのみちここにいても、死ぬような目に遭わされるだけのようだし」
「…………」
「もう言う事は無いみたいだね。僕の方もこれ以上話す気は無い。それじゃ、さよなら」
　決別の言葉を叩き付けシンジは踵を返そうとするが、それまで黙って横で見ていた冬月が慌てて呼び止める。
「待ってくれないかね、シンジ君」
「……何ですか、貴方は？」
　シンジは足を止めて冬月に顔を向け、素っ気無く言う。
「ああ、自己紹介がまだだったね。私は冬月コウゾウ。このＮＥＲＶの副司令を務めている」
　紳士然とした冬月の態度に、シンジも一応姿勢を正し一礼する。
「そうですか。よろしくお願いします――と言っても、もうお目に掛からないと思いますが」
「まあ、待ってくれシンジ君。碇もこの通り口下手な奴で、君も色々と誤解してしまったと思うが……」
「誤解？　父さんが人の言葉も理解出来ない低能で、怪我した女の子を平気で戦場に出そうとしたり、中学生を脅迫する下衆野郎である事は誤解の余地が無いと思いますが」
　冬月はゲンドウを弁護しようとしたが、シンジに一刀両断に斬り捨てられる。
「…………あー、取敢えず碇の事は置いておこう。とにかく我々は君の力を必要としている。何とかここに残ってもらえないかね？」
「……何か、僕という“人間”が必要なんじゃなく、僕を“道具”として必要だ、と言ってるように聞こえるのは気の所為でしょうか？」
　『碇の奴、面倒を押し付けおって……』と、内心でゲンドウを罵倒した冬月だが、なんとか気を取り直して話を続けようとしたものの、またしてもシンジの皮肉に――なまじ自覚がある為――沈黙する。
　シンジは言葉を失った冬月と黙したままのゲンドウを一瞥すると、溜息を一つ吐いて冬月に――ゲンドウやミサト達よりマシ、と判断して――言った。
「質問に答えてもらえますか？」
「むっ、残って貰えるのかねシンジ君」
「話を聞いて――それから判断します」
　僅かに身を乗り出す冬月を片手を上げて制し、シンジは告げる。
「う、うむ。出来るだけ答えよう。構わんな、碇？」
「……ああ」
　その二人の様子を見て『どうも、普通の上司と部下とは違う』と感じながら、シンジはそれを顔に出さず質問した。
「まず――何で僕がＥＶＡと言う奴のパイロットに選ばれたんです？　それも、こんな土壇場になって？」
「ＥＶＡの操縦――シンクロと言うのだが、それが出来るのは特別な資質を持った十三歳から十五歳の子供だけなのだよ。我々は“適格者”と呼んでいるがね。適格者の選出は専門の機関が行っているのだが、シンジ君の報告が来たのはつい先日でね。それでこんな強引な事になってしまった」
　言訳じみた冬月の言葉に、シンジは少し考え込む。
「……僕の事を“サードチルドレン”と呼んでいましたが、と言う事は他にもパイロットはいるんですか？」
「ああ、“ファーストチルドレン”は君がケイジで会った娘で綾波レイと言う。“セカンドチルドレン”は現在ドイツにいる。こちらも女の子だよ」
「……彼女達がパイロットに選ばれたのはいつの事です？」
「うん？　随分前の事だな。……もう十年近くになると思う」
　シンジの質問の意図が解らず、内心で首を傾げながら冬月は答える。
「嘘ですね」
「な、何がかね？」
　シンジの突然の断言に冬月が戸惑う。
「僕が選ばれたのがつい最近、という事ですよ。……僕と同年齢の人間が世界に何人いるか知りませんが、その中の一人が偶然ここの司令官の息子だった、なんて話が出来過ぎてます。それに、いつの間にその“資質”とやらを調べたんです？　僕は学校の健康診断くらいしか身体を調べられた事は無いんですけど。
　第一、人を道具扱いする父さんが僕に気を使う筈が無い。恐らく真っ先に僕を調べたでしょう。なら、少なくとも彼女達と同時期にパイロットとして選ばれている筈です。……いや、それとも調べるまでも無く判っていたのかな？」
　ゲンドウを一瞥して続ける。
「にも関わらず、僕に訓練なんかを施す事無くこれまで放っておき、戦いの直前になってから呼び出して無理矢理ＥＶＡに乗せる。……何を企んでいるかは解りませんが、それが碌でも無い事であるのは間違いありませんね」
「そ、それは……」
　何とか取繕う言葉を見付けようとする冬月を無視し、シンジはゲンドウを見詰める。
「何か言う事はあるかな？　父さん？」
「…………」
「沈黙は肯定――かな？」
　シンジは冷笑する。
「次ですが――“使徒が人類を滅ぼす”そうですが、どういう事です？」
「あ、うむ……」
　苦い顔をしていた冬月だが、シンジの新たな質問に咳払いをして姿勢を正す。
「十五年前のセカンドインパクト……あれが一般には巨大隕石の衝突によるものだと言われているのは知っているね？」
「ええ。僕はそんな都合の良い話は信じていませんが。大方、どこぞの馬鹿が碌でも無い事を企んだ結果でしょう。……矢○純一の『ナチス円盤基地爆発事故説』や飛鳥○雄の『プラズマ兵器暴走説』なんぞを信じている訳ではありませんけど」
　シンジの答えに冬月は思わず顔を引き攣らせる。
「……じ、実は、あれは使徒――第一使徒“アダム”と呼んでいるが、それによって引き起こされたものなのだよ。今回現れた、そしてこれからも現れる使徒は、新たなインパクト――サードインパクトを起こすものと予想されている。我々ＮＥＲＶはそれを防ぐ為に創られたのだ」
　そのＮＥＲＶの（表向きの）意義を教えシンジの興味を惹こうとした冬月だったが、生憎シンジは全く感銘を受けた様子は無かった。
「では、何故貴方達は新たな使徒の出現時期を知り、あれがここに来るのを知っていたんです？　……ここには何が在るんです？」
「ど、どういう意味かね？」
　シンジの問いにギョッとした冬月が訊き返す。
「……葛城さんが遅刻してくれたお蔭で、僕は使徒を間近で見る機会がありました。それから判断すると使徒はただここに向っていただけで、自衛隊や、或いはＥＶＡを攻撃したのはのは、“邪魔だったから”に過ぎないように思えます。どうやって使徒がインパクトを起こすのか知りませんが、何で態々ここに来る必要があるんです？」
　シンジは冷静に続ける。
「それとＥＶＡですが、“巨大人型兵器”なんて馬鹿げた代物、普通の人間は造って使おうなんて考えません。少なくとも“人間”相手にはね」
　“人型兵器”の是非はさて置き、人間相手の戦争にＥＶＡは――戦闘力は強大であろうが――コストパフォーマンスが悪過ぎる。通常戦闘なら戦闘機や戦車、或いは歩兵の方が使い勝手が良いだろうし、大威力が欲しければ反応弾（或いはｎ２兵器）でも使った方が良い。シンジはそう考えていた。
「兵器は巨大で複雑になる程、整備補修施設も大規模になっていく。おまけに動力は有線による電力……運用に制限が有り過ぎる。“汎用”と銘を打ってあるようですが、明らかに拠点防衛を主眼としたもの。……ＥＶＡは“ここ”で“使徒”に対抗する事を考えている」
　シンジはそこで一旦言葉を切り、ゲンドウと冬月に目をやる。
「……使徒を惹き付ける“何か”がここにあるのか、それともこの“土地”自体が使徒にとって意味があるのかは判りません。ですが……
　――ここには何が在るんです？」
「……お前には関係無い」
　同じ問いを繰返したシンジに、ゲンドウは威圧感を込めて言う。
「関係無くはないだろう。使徒の目的が判るのなら、それを何とかすれば戦う必要が無くなるかもしれないじゃないか。それとも何？　使徒を倒す事が目的じゃなく、使徒と戦う事が目的なわけ？」
　シンジはゲンドウを睨み付けるが、サングラスに隠されたゲンドウの目は視線をどこに向けているか窺えない。
「待ってくれシンジ君。……確かに君が言うように使徒がここに向う理由はある。だがそれはＮＥＲＶでも最高機密でね。軽々しく漏らす訳にはいかんのだよ」
　ゲンドウに全く威圧された様子の無いシンジの様子に内心驚きながらも、冬月はシンジを宥める。
「最前線で命を賭けるパイロットにも秘密ですか。まあ、組織なんてそんなものでしょうけど」
「し、しかしだね……」
「人間どう足掻いてもいつかは死ぬ。でも、命は上手く使えば――僕の場合あと五、六十年は持つ。それを捨てる覚悟をしろと言うのなら納得する理由を寄越せ、と言うのは変な事ですか？」
　「……人生下り坂のお二人には理解出来ませんか？」と付け加え、皮肉をたっぷり乗せて笑う。
「“人類の滅亡を防ぐ”なんて御立派な事を言ってる癖に、知られては都合が悪い事を抱え込んでいるなんて、怪しさ大爆発、ってところですね。人類滅亡が本当かどうかも怪しいもんだ」
　『後ろ暗い事があるんだろう』とシンジの言外の皮肉に冬月は止めを刺される。そもそも何も言うつもりがないのかゲンドウは言葉を発さない。
「……ま、乗ってあげても良いですよ？」
　黙した二人を暫く小馬鹿にしたような顔で見ていたシンジは、徐に告げる。
「な、なに！？」
　予想してなかった言葉に冬月は驚きの声を上げ、ゲンドウもピクリと眉を上げる。
「何を驚くんです？　どのみち僕の意志なんか無視するつもりだったんでしょう？」
「うむ…………あぁ、いや……」
　思わず肯定してしまったのを慌てて誤魔化す冬月。
「……本当に乗ってくれるのかね、シンジ君？」
「はい、条件付きですが」
「条件？」
「ええ。貴方達は僕を使い捨ての道具として利用しようとしているだけ。僕は貴方達を全く信用出来ない。
　ですから、対等な立場で契約をしよう、という事です。……些か不健全ですけど、妥当でしょう？」
「むうぅ…………。碇？」
「……いいだろう」
　ゲンドウが応えるのを聞いた冬月は、一つ頷いてシンジに向き直った。
「で、シンジ君。条件とは？」
「口で言うのも面倒ですね。……端末は有りませんか？　プリンター付きの」
「ああ、そちらに有るが」
　冬月が部屋の隅を指差し、シンジは了解してそちらに向った。


　やがてシンジが打ち出しゲンドウの前に滑らせた紙を横から読んで、冬月は絶句した。
「これは……」
　シンジが出した要求は
　と、いうものだった。
「シ、シンジ君。い、いくら何でもこの報酬は法外じゃないかね？」
　これを見ても何の反応も示さないゲンドウに代わって、冬月が抗議する。
「そうですか？　一年間に十回使徒が来るとして、契約金も含めて百六十二億。最新鋭戦闘機数機分――でしょう。人類を守る為の代金としては安いんじゃないですか？　まあ、誠意を見せてくれ、という事です。
　……ああ、手取りでお願いしますね。税金の方はお任せします。それと未成年だから使えない、という事が無いように」
「……命令出来ないとはどういう事かね。ＮＥＲＶは軍隊と言っていい組織だ。これでは……」
　軽く言うシンジに、唸りながら冬月は次の条項を指摘する。
「今回、あんなお粗末な指揮ぶりを晒しておきながら、まだ僕に何か言えるとでも？」
　嘲るようにシンジに言われ、思わず冬月は心の中のミサトに降格を言い渡していた。もっともあれは、ミサトの責任とばかりは言えないのだが。
「……“サードチルドレン”というのは気に入らないのかね？」
「ええ、大いに。勝手に付けられた番号で呼ばれるなんて、“プリズナーｂU”みたいで不愉快です」
　『なんでそんな（古い）事を知っているのかね！』と叫びそうになった冬月は、慌てて咳をして誤魔化す。
「……私生活への不干渉は良いとして……碇の、君に対する親権の放棄とは……」
　口の前で手を組んだままのゲンドウを一瞥して冬月は言う。
「こんな下衆な男が自分の親だなんて耐えられませんから。大体、十年も親らしい事をしてない者を親と呼ぶなんて、世間の真面目な親御さんに失礼でしょう？
　それに、『ＮＥＲＶ司令として命令するのではない、親として命令するのだ』とか言い出しそうですから」
　欠片も親愛の情を感じさせないどころか、侮蔑しきったシンジの言葉に溜息を吐きつつも、冬月は内心で『自業自得だな……』と納得していた。
「……最後の条項……。これは少し厳し過ぎないかね？」
「という事は、端から契約を破る予定なんですか？」
「あ、いや……そう言う訳ではないが……」
　皮肉を返され冬月は口篭もり、シンジはそれならと妥協案を示す。
「まあ、それでも厳しいというのなら、違約金として一回一億、余りに悪質な場合や違約が繰返される時は契約の破棄、というところで良いです」
　頭を抱えそうな冬月と身動きしないゲンドウに、シンジは決断を促す。
「どうするんです？　この条件を飲むか、僕をパイロットにするのを諦めるか。
　言っておきますけど、今度無理矢理ＥＶＡに乗せられたら、戦闘を放棄しますから。ＥＶＡなら五分もあればかなり遠くに逃げられるし、第三新東京（ここ）から離れてしまえば使徒はこっちを相手にしないでしょうし」
　そこまで言って、シンジは思い付いて付け加える。
「……ああ、もう一つ選択肢があります」
「何かね？　それは……」
　冬月が疲れた声で訊く。
「僕がＮＥＲＶを信用出来ない最大の要因は父さんです。ですから父さんがＮＥＲＶからいなくなれば……無条件とはいきませんが、まあ……」
　言ってシンジは肩を竦めて見せる。
「で？　どうするんです？」


「……いいだろう」
　シンジの再度の問い掛けから秒針が何度か周った後、ゲンドウは漸く声を出した。
「父さん、ＮＥＲＶを辞めてくれるの？」
　シンジが解っていて嫌味を言う。
「……条件を全て飲もう」
「碇！？　いいのか！？」
「問題無い」
　驚く冬月にゲンドウが素っ気無く言う。
　シンジも表情に出す事は無かったが驚いていた。正直、自分でも無茶苦茶な要求だと思っていた。少なくとも金を値切る程度はすると考えていたのだ。別に金が欲しかった訳ではない。はっきり言って嫌がらせ――交渉術と言えない事も無いが――である。交渉次第で半分以下――別に百分の一でも一向に構わなかったが――にしても良いと思っていたのだが。
（ふーん……。どうやら僕が思っている以上に裏があるみたいだ……）
　そう思いつつ軽く片手を挙げてみせる。
「結構。ああ、それとＮＥＲＶ内の僕の権限として……そうだね、葛城さんや赤木さんと同程度のＰＡＳＳが欲しいんだけど？」
「……わかった」
　シンジの追加の要求も、ゲンドウは簡単に了承した。もっともシンジは知らぬ事であるが、ミサトとリツコが同格なのは肩書上の事だけである。ゲンドウはリツコと同格のＰＡＳＳをシンジに渡すつもりは無く、ミサトのレベルで済ますつもりであった。
「あと、明日にでも報酬の一部を現金で貰えるかな？」
「うん？　何故かね？」
「明日、不動産屋を廻って部屋を探しますから。中学生が信用されるには現金があった方が良いでしょう？　それに身の回りの物も買い揃えないと」
　尋ねた冬月にシンジが返す。
「……分かった。しかし、部屋はこちらで用意するから、そこに入ってくれないかね。勿論必要なものも入れておくから」
「……分かりました」
　また何かを企んでいるであろう事を感じながら、取敢えずシンジは承諾した。
「では、報酬の方はスイス銀行の指定の口座に振り込んで下さい……」
「な、なにっ！！」
　冬月は声を上げ、ゲンドウもほんの微かに眉を上げる。
「……冗談ですよ。適当に僕名義の口座を作って、カードと通帳を下さい」
　シンジは二人の反応を笑いを噛み殺しながら楽しんだ。


「はい、こっちとこっちにサインして。ああ、判子じゃなく拇印でお願い。
　……冬月さんもお願いします」
「私もかね？」
「ええ、父さんだけでは信用出来ませんから」
「…………」
「…………」
　あれからシンジは二三の確認――戦闘時の被害の責任等――を取った上で、改めて契約書を作成していた。
　ゲンドウが拇印を捺す際、手袋を外した掌に火傷の跡があるのを見て、シンジは少し眉を顰めたが何も言う事は無かった。
　シンジはゲンドウと冬月のサインがされた二枚のそれに、自分もサインをすると片方をゲンドウに押しやった。もう一枚を取り上げ確認すると、それを丁寧に畳んでバッグに仕舞う。
「では、これからよろしく。碇司令（・・・）」
「…………」
　言ってわざとらしく敬礼をするシンジに、ゲンドウは何も応えなかった。
　手を下ろしたシンジは、ふと思い付いて冬月に声を掛ける。
「そうだ、冬月さん。すいませんが連絡先を教えて頂けますか？」
「？　何故だね？」
　シンジの要求に首を傾げる冬月。
「何かあった時、司令よりも冬月さんに連絡を取った方が良いと思いまして」
「……判った」
　苦笑しながらも納得した冬月は、自分の連絡先を書きシンジに渡した。
「それでは失礼します」
　それを受取ったシンジは、一礼して部屋を出ようとする。が、今度は冬月がシンジを呼び止める。
「ああ、シンジ君。一つ訊いても良いかね？」
「なんでしょう」
　シンジは振り返って応える。
「君は、我々が使徒の出現時期を知っていたと考えているようだが、どうしてかね？」
　その問いにシンジはわざとらしく目を見開く。
「……冬月さん、貴方が言ったじゃないですか？」
「なに？」
「……ＥＶＡのパイロットとなるのは十三から十五歳の子供。でも、ファーストチルドレンとセカンドチルドレンが選ばれたのは十年前。使徒の出現がこのニ三年の内である事を知らなければ、これはおかしくありませんか？」
　それだけ言うとシンジは改めて頭を下げ、部屋を出て行った。


　シンジが出て行った後の部屋に残された二人は暫く口を開かなかったが、やがて冬月が吐息混じりの声を出す。
「碇……本当にあれでよかったのか……？」
「問題無い、今は使徒の殲滅が最優先だ」
　相変らずのポーズでゲンドウが応える。
「だが、あの条件では……シナリオに影響があるのではないか？」
「ふん、所詮子供だ」
「子供か……。しかし、今日の戦闘といい……軽く見る訳にはいかないと思うぞ」
「あれは予備に過ぎん。邪魔になれば処分すれば良い」
　忠告のような言葉に返ってきた倣岸な台詞を聞き、冬月は頭を振って溜息を吐いた。
「……だと良いのだがな」






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