「……あのぅ」
「姉さん、データ解析終わりました。やはりこの星系での狩猟可能地は第三惑星のみのようです」
各所に飛ばした探査プローブから入ってくる情報を分析していたエディフェルが姉に告げる。
「ん、こっちに出して」
目の前のディスプレイに表示された情報をスクロールさせてざっと目を通すと、アズエルはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「ふ〜ん、チンケな星だね。原住民はひ弱そうだし……大気圏飛行技術すら持っていないじゃない」
彼女とて命の炎には魅せられるし、姉妹と比べて血の気が多く好戦的である。しかし同族の男達のように殺戮に酔った事は無い。殺るなら強い相手と。彼女はそう思っている。
「……でも、この近辺には他に知的生命体の居そうな星系は無いし……」
エディフェルが平静な声で応える。
「……ねえ〜」
「分かってるよ。こんな辺境じゃ贅沢は言えないね。野郎共をいつまでも船内に閉じ込めておくわけにはいかないし。
じゃ、リネット。ヨークを向かわせて」
「はい、姉さん」
既に航路の算定を終えていた末妹のリネットはヨーク――意志を持つ宇宙船――に指示を与える。といっても星系に入って直ぐに当りをつけていたので大きな針路変更は無い。ヨークはほんの僅かに船首の向きを変えると、慣性航行を止め加速を開始する。
「エディフェル、第三惑星の情報収集は継続。他のプローブは回収して」
妹に指示するとアズエルはあらためてディスプレイに目を落とし、今度はゆっくりと情報を眺め始める。
「……何か手伝う事ない？」
「ない」
アズエルは先程から意図的に聴覚から締め出していた声に素っ気無く応える。
「そんな〜〜。私にも何かさせてくれてもいいじゃない〜〜」
「いいからリズエル姉はそこに座ってろよ！」
妹達の後ろ、一段高くなった座席で憐れっぽく嘆願する姉にアズエルは強い調子で言う。出来る事なら姉にはこのブリッジの外にいて貰いたいのだが、それを言うわけにはいかない。
「ずるいわ、ずるいわ、あなた達ばっかり〜。私だってヨークと『お話』したいのに〜」
リズエルがそう言った途端、ブリッジのライトとディスプレイが明滅し、船体が細かく震動する。
「ああっ！ 大丈夫よ、ヨーク！ リズエル姉さんは何もしないから！」
必死にヨークを宥めるリネット。その甲斐あって徐々に明滅と震動が収まる。
どうやらガス惑星のメタンの海にダイビングしたり、中性子星の潮汐力でストレッチをしたり、プロミネンスで火の輪くぐりをした事がヨークのトラウマになっているらしい。無論、誰が原因かは言うまでもない。
ヨークが落ち着きを取り戻した事を確認するとアズエルは改めて姉に宣告する。
「と、とにかくリズエル姉は何もするな！ その辺の物も触るんじゃないぞ！ 出来る事なら身動きもするな！ 息もするな！」
「酷いわアズエル。私はただ皆の役に立ちたいと……」
「五月蝿いっ！ あたしゃ姉のドジで事象の地平線の向こうに行って野垂れ死ぬ様な間抜けな死に方はしたくないんだ！」
「アズエル姉さん落ち着いてください。リズエル姉さんも大人しくしていて……」
興奮し肩で息をするアズエルを宥めながら、エディフェルもリズエルに言う。
「そ、そんな、エディフェルまで……」
よよよとよろけ、大袈裟にショックを表すリズエル。
「私は皇女としての責務を果たそうと一生懸命にやっているのに……皆して……
……どうせ私はドジでノロマなカメなのよ。トイレの隅でお便所コオロギと一緒に泣いているのがお似合いなのよーーーーーーっ！」
「リズエル姉さん！」
「ほっときな、リネット」
一人で騒いでブリッジを飛び出していったリズエルを呼び止めようとしたリネットに、アズエルが冷めた声をかける。
「で、でも……」
「半分以上はこっちの同情を引くための演技なんだ。下手に構うとつけ上がるだけだよ。トイレに居るのが飽きたら勝手に戻ってくるって」
リネットが残ったもう一人の姉を見ると、こちらもコクコクと頷いている。
「それよりこっちはまだやることがあるんだ。まずはそっちを片付けるよ」
「う、うん」
それでもリネットは心配そうな顔をリズエルが出て行った扉に向けていたが、一つ溜息を吐くと自らの仕事に戻った。
ヨークは減速の最終段階に入ろうとしていた。
既に軌道計算を済ませ指示を出してあるので、後は放っておいても惑星の衛星軌道に乗るだろう。
スクリーンに映っているのはどうということもない惑星だった。
ただこの種の惑星としては不釣合いなほど大きい衛星を連れているのが印象的ではあった。
「さて、それじゃあ野郎共を起こして、降下の準備をさせますか。……二人とも暫く楽にしてな」
アズエルは妹に声を掛け、自分もシートから尻をずらすと大きく伸びをする。二人がそれに答えようとした時、ブリッジの扉が開きトイレに篭っているはずのリズエルが入ってきた。
「あら、一休みなの？」
「ん、まあね」
出ていった時の事には触れない。あまり追い詰め過ぎると後が恐いから。
「丁度良かったわ。お茶を煎れてきたの」
そう言ってリズエルは持ってきたティーセットと菓子を見せる。
さっきの事を少しは反省しているのだろうか、殊勝な事である。しかしエディフェルも突込みは入れない。ややこしくなるから。
リネットは姉の機嫌が直った事を喜んでいた。良く言えば素直、悪く言えば単純である。
ともあれ小腹も空いてきたところであるし、３人は姉の好意をありがたく受ける事にした。
「あっ、これ美味しい！」
「ほんと。ちょっと変った味だけど」
「…………」
基本的に彼女等は仲の良い姉妹である。先程の騒ぎはどこへやら、和気藹々とした空気がブリッジを満たした。
さっきは自分も多少言い過ぎたかもしれない。腹にものが入った所為かアズエルも寛大な気分になり、姉に詫びの言葉でも掛けようとした。
「よかった。自信作だったのよ、これ！」
喜色満面にして喜ぶリズエル。その笑みは見る者も微笑ませるようなものだったが。
「……自信…作？」
口に運びかけた手を止めギリギリと音をさせて首を廻らし、顔をリズエルに向けるアズエル。
「誰の…自信作だって？」
答えは聞かなくても判っていた。しかし答えを聞かずにはいられなかった。
「私に決まっているじゃない」
あっけらかんと答えるリズエルの声を、アズエルは死刑執行を告げられた死刑囚の心境で聞いていた。
最早手遅れ。どうにもならない。
判っていたがアズエルにはやることがあった。姉としての責任があった。
「エディフェル、リネット、吐けっ！ 今食った物を吐き出せっ！！」
だが、二人とも既に倒れ臥していた。白目を剥き、口から泡を吹き、全身が痙攣をしている。それだけではなくエルクゥであるアズエルの目には、二人の命の炎が散り際の輝きを見せることなく消えようとしているのが見えた。
そして妹達を気遣うアズエルも、エルクゥの最終兵器と呼ばれるリズエルの手料理を口にした以上、無事では済まなかった。手足に生じた痺れが感覚を奪っていき、それが急速に心臓にも侵攻してくる。
余談ではあるが、かつて彼女らが立ち寄った惑星の一つでは、廃棄されたリズエルの料理により生態系が破壊され、その星の原住生物が絶滅の一歩手前になった。そのため、エルクゥ達は狩猟を切上げ予定より早くその星系を立ち去るという事があった。
ちなみにその惑星は、その後腐海と呼ばれる瘴気を吐き出す巨大菌類の森に覆われ、更に未来にはエルクゥとの戦いが火の七日間として伝えられたり、青き衣を纏いし者が金色の野に降り立ったりするのだが、それはまた別の話である。
「ああっ！ 皆一体どうしたの！？」
原因を全く自覚していないリズエルが叫ぶ。
「こ…この……」
せめて一太刀、この姉に喰らわせるべく最後の力を振絞ったアズエルだが、それも叶わず彼女の意識は闇に沈んだ。
妹達が突っ伏し、或いは崩れ落ちたブリッジの中で、リズエルはどうしたら良いか判らず暫くオロオロしていたが、やがてとにかく人を呼んでくる事を思い付いて扉の方へ向かった。しかし、扉をくぐる前にもう一度妹達の様子を見ようと振返った時、別の考えが頭に浮かんだ。
（今、ヨークに指示を出す人は誰もいない…… 皆は私がヨークに指示を出すのを嫌がっていたけど、私だって皇族の女なんですから、いざとなったらちゃんとやって見せるわ…… そうよ、ここで私が良いとこを見せればアズエル達だって……）
続いてどんな想像をしたのか顔を緩ませると、人を呼びに行くという考えを綺麗さっぱり頭から追出してリズエルは自分の座席に向かった。
繰り返すがアズエル達は既にヨークに指示を出してあり、放っておいても惑星の衛星軌道に乗るようになっていた。従ってリズエルがすべきは、初めの考え通り人を呼ぶなりして妹達を治療する事だった。
幾つかのディスプレイがリズエルに抗議するように明滅したが、彼女はそれに気付こうとはしなかった。
「何事だ！」
エルクゥの運動能力をもってしても立っている事さえ困難な程の振動に見舞われている船内を、時には這うようにして進んで来たダリエリ達がブリッジに飛び込んできた。彼等がそこで見たものは、煙を吐き火花を散らす部屋の中で立ち尽くす一人の女と、白目を剥いて倒れている三人の女達だった。
部屋の中で唯一立っている女、リズエルはダリエリ達に気付くと、
「てへっ」
少し小首を傾げて可愛く舌を出し、コツンと自分の頭を叩いた。
「…………何を、している？」
聞かなくともダリエリには何があったか、なんとなく見当が付いた。しかしそれでも聞かずにはいられなかった。
「…………」
「…………」
「……そんなに見つめちゃいやですぅ」
……直後に全員が倒れ伏したのは、ヨークが一際大きく揺動した所為だったろうか……
・
・
・
「む……」
雷鳴の様な轟きを耳にして男は空を見上げた。
見ると月の光を圧倒する巨大な火球が夜空を横切り、やがて山の向こうに消えていった。
「流星……か？ しかし、あれほど大きなものは見たことがない……」
それが異星の民の操る船である、などという事は男には想像もつかない。
しかし、迷信深い者が見たら不吉な想いに捕われたであろうその光景にも、男は面白そうに唇を歪めただけだった。
腰に下げている、良く使い込まれた太刀の柄を確かめるように一つ撫でると、男は火球の消えた方向に足を向ける。
どのみち、行く当てのない旅路である。標とするには丁度良い。
そろそろ懐具合も寂しくなってきた事であるし、何か飯の種でもあるかもしれぬ。
火球が飛び行く先、そして男が足を向けた先にある地の名は隆山。
男が己の運命と邂逅するのは、もう間もなくの事である。
おしまい
いやもう「セイカクハンテンダケ」の話から、私の中で千鶴さんはすっかりギャグ要員になってしまって……