ALL'S RIGHT WITH THE WORLD
第拾四話 D-Part
「……ねえ、鈴原、相田君。あなた達、碇君達がどうして休んでるか聞いてない？」
休み時間の教室で駄弁っていたトウジとケンスケは、横合いからヒカリに声を掛けられ振向いた。
「いや、聞いてないけど」
「三人揃って休みっちゅう事は、ＮＥＲＶの用事とちゃうんか？」
口々にそう言って、主のいない席を見遣る二人。彼等はここ数日姿を見せていない。最近、街に謎の移動物体が出現したりするなど、不穏な気配がある。――その所為だろうか？
もっとも、警報の類は発せられていないので、左程気にする必要は無いのかもしれないが。だが、
「それが、先生も聞いてないらしいのよ……」
心配そうなヒカリの声に、トウジとケンスケは顔を見合わせる。
「……そういや、霧島の奴も顔を見とらんな」
「あいつがシンジ達を連れ出して、それっきり――だよな」
トウジが思い出したように言うと、ケンスケはもう一つ空いた席の方を見る。あの時、四人は慌しげな様子だった。何か拙い事があったのか……。
ヒカリと共々考えを巡らしたが、答えは出ない。その重くなった空気を、能天気な声が吹き払った。
「ちゅーと、何か？ ひょっとして、センセはおなご三人に囲まれてウハウハ、ちゅーわけかい。かーーっ、敵わんのう！」
シンジ本人が聞いたら嘆息しつつジト目で睨む事間違い無し、の台詞を吐き出すトウジ。
「今頃、夜昼無く組んず解れつ、爛れた生活を送っとるんやろな」
「お、おい、トウジ……」
横を頻りに気にしながらケンスケが窘めるが、トウジの耳には届いていない。口を閉じる事無く、腕を組みウンウンと一人頷きながら更に余計な事を言う。
「センセはゼツリンやからな！」
……ちなみに、シンジが本当に『そう』なのかは本人にも不明であり、ましてやトウジが知る筈は無い。ただ、シンジは体育などで疲れた顔を見せた事は殆んど無く、それ故『シンジはタフ＝絶倫』という図式をトウジが勝手に描いているだけである。
しかし、そんな事を潔癖症の女生徒が解る筈も無く、したがってトウジが、
「ふっ、フケツよぉーーっ！！」
の叫びと共に諸手による突き落としを喰らい、胡座をかくように座っていた机から転がり落ちたのも当然過ぎる程当然の事だった。
「ここや、ここや」
そう言って、トウジはコンフォート１７の一室の扉を指し示した。
結局あれから、渡さねばならないプリントもあるという事で、放課後三人はシンジの家に向かう事となった。
ヒカリは玄関の前に立つと、何故か周囲を盛んに警戒するケンスケを内心で首を捻りながら、インターホンのボタンを押した。
暫くして扉は開けられたが、ヒカリは思っても見なかったモノの出迎えに一瞬キョトンとし、我に返ると仰け反る。
「なっ、ななななな……」
「アンタ達――だけよね？」
後退ったヒカリの脇から左右の様子を見て取ると、アスカは拳銃の銃口を逸らし安全装置を戻した。
「入って。話は中で聞くわ」
驚き慌てるヒカリとビビるトウジ、そして目を輝かすケンスケをアスカはそう言って招き入れた。
部屋の中は、ケンスケを更に狂喜させる物が転がっていた。短機関銃から個人携行式の対空ミサイルまで。ちょっとした戦争をやらかす事が出来そうだった。
思わずそれに飛び付こうとしたケンスケを拳で大人しくさせると、アスカは驚きに目を見開くヒカリに、
「ちょっとばかりね……やばい事になってるのよ」
肩を竦めつつ言った。
「……んで、追われとる霧島を匿っとる訳か」
出された紅茶を、下品に音を立てて啜りながら頷くトウジ。
戦自云々までは流石に言えないが、リビングに集まりこれまでの事を簡単に説明したアスカに、三人はマナの方を見ると複雑な表情をするしかなかった。
「でも、それならＮＥＲＶに任せた方が良いんじゃない？ 学校を休むっていうのも……」
常識的かつ、良識的なことを言うヒカリだが、アスカはそれを否定する。
「無理よ。下手にＮＥＲＶに弱みを見せるような真似をしたら、どんな無理難題を吹っ掛けられるか分かったもんじゃないわ」
そもそも、ＮＥＲＶがアテになるような組織なら、アスカ達が使徒と戦う必要すら有りはしない。そろそろとＦＮミニミ機関銃に手を伸ばそうとしていたケンスケに、アスカは苛立ち紛れにクッションを投げ付けた。
「センセはどないしとるんや？ 寝とるんか？」
そんな事を言いつつ、トウジはリビングから部屋の奥を覗き込むようにする。
「シンジは出掛けてるわよ」
アスカがトウジに答えると、居心地悪げに身を小さくしていたマナは身体を更に縮こめた。この家に連れてこられて直ぐにシンジは外に出てしまい、姿を見せてない。アスカとレイが左程気にした様子が無い（連絡も定期的に入る）とは言え、不安がいや増す。
「ＮＥＲＶがアテに出来ない以上、自分達で何とかしなきゃならないし……そういう事が出来るのはシンジだけなのよ」
マナの様子を横目に続けたアスカは悔しそうに唇を噛み、同様にレイは目を伏せた。
何も出来ない事が悔しい。が、今はどうしようもない。せめてシンジの負担にならないようにするしかない。
だからと言って、こうして篭城の真似事をする必要までは無い。壱中はＮＥＲＶの縄張りであるから、戦自と言えどもそう手荒な事は出来ない。――ただし、ＮＥＲＶと戦自が何かしらの取引をしなければ、だ。そしてＮＥＲＶ――ゲンドウは、利益になるとなれば平気で人を“売る”事をする。シンジがいない状況では、そうなった時些か面倒な事になる。
その点、コンフォート１７とその周辺はＮＥＲＶにとっても禁域となってるし、シンジが居なくともスルトが付いている（もっとも、これまでスルトがその力を揮った事はあまり無い。精々、酔っ払ってシンジ宅に押し掛けようとしたミサトが、巨大な蝿叩きに叩かれたかのように壁に張り付いて気絶していた事が何度かあっただけである）。滅多な事では自分達に危険は無いし、であればシンジの足を引張る事も無い。
それを聞き、目の前に転がっている（彼にとっての）お宝に手を出す事を諦めたケンスケが言う。
「それでも……シンジは“やる”つもりなのか……？」
「しっかし、なんぼなんでも無茶やないか、そりゃ？」
ケンスケの『いや、やるつもりなんだろうな』と内心での呟きに、トウジの声が被る。シンジがいかに強いと言っても、軍隊が相手では分が悪過ぎるとしか思えない。乱暴に頭を掻き回しながら、頻りに首を振るが、
「……問題無いわ。碇君なら……」
レイの静かな断言に動きを止める。
「碇君なら。……でもアナタは――それでいいの？」
もう一度繰り返して、マナの方を見るレイ。
「え？」
「シンジに言わせるとね……アンタは“覚悟”が無いんだってさ」
不安気に聞き返すマナに、アスカはシンジに聞かされた事を語り始めた。
「……だから、後はアンタ次第」
アスカがそう言葉を切ると、暫くあまり会話も無いまま時間が過ぎた。
茶が無くなった事に気付いたレイが席を立ちダイニングに向かったのを、ヒカリが手伝おうと後を追う。ついでに菓子の追加を二人で用意していた時、玄関の方からシンジがやって来た。
「え、碇君？ ……あれ？」
「……気にしない方が良いわ」
玄関の扉が開いた気配もさせず現れたシンジへのヒカリの戸惑いを、レイの言葉が遮る。その二人への挨拶もそこそこに、シンジはリビングに向かった。
そこに居た誰よりも早く、シンジが口を開く。
「加持さんから連絡があった。浅利ケイタの居場所が判った――けど、一歩遅かった」
一瞬、安堵の表情を浮かべたマナだったが、シンジの後半の台詞に蒼褪める。それを見て、慌てて謝るシンジ。
「あ、ごめん。いや、命に別状は無いから心配しなくて良いよ。ただ、身柄の確保が面倒になっただけだから」
それだけ言うと、足早にリビングを抜け自室に行く。その背中を追うアスカの声。
「ちょっと、何なの！？ どうするつもりよ！？」
「彼の身柄を受取ってくるだけだよ。――腕尽くでね」
「っ……なら、アタシも行くわよ！」
顔を見せずに返ってきた応えに、アスカは一瞬息を飲むと宣言し、足音高く自室に入った。続いてレイもシンジを追うように自室に向かう。
アスカの声に慌てて上半身を覗かせたシンジは、自分の方へやって来るレイの顔を見ると、説得を諦めるしかなかった。
家主達の姿が消えると、残された客人の間に沈黙が下りる。が、それが別の物に変わる前に、シンジが再び現れ――その手に子供の身長程もある長大な銃があるのを見て絶句する。
それが、バーレットM82A1対物狙撃銃と呼ばれる代物である事は、ケンスケとマナが判った（それに当然付属しているスコープや脚が無く、弾倉が通常の物より大きかったり他にもあちこち手を加えられているのは、ケンスケだけが気付いた）。
四人が唖然とする中、物騒な身支度をしたシンジはごく軽く告げる。
「と言う訳で、ちょっと出掛けてくる。霧島さんは留守番してて」
言いつつリビングに置いてあった装備を幾つか取り上げるシンジに、それまで黙っていたマナが意を決したように尋ねた。
「……あの、シンジ君。どうしてシンジ君がそこまでする――してくれるの……？」
『得になる事など無いのに』という思いを滲ませそう言うと、直ぐに目を逸らした。或いは他に目的があるかも、と言う不安も拭いきれない。
その辺りのマナの心理が何と無く解り、シンジは手を止め首を傾げると、
「誰かが溺れるのを見付けて、幸いにも自分が泳げて――或いは手元に棒かロープがあった時、溺れている人を助ける事がそんなに変な事かな？」
言って頬を掻いた。助けを必要としている人間がいて、自分はそれを助ける事が可能。ならば助ける。――無論、シンジは聖人君子ではないから、溺れている人間が気に食わない奴なら替わりに石を投げてやるくらいの事もするが。
いずれにせよ、シンジにしてみれば、只それだけの事だった。
マナは些かぼんやりと、そのシンジの顔を見詰めた。それだけの事。それだけの事で、彼は命を懸けてくれるのか。なら自分は……。
表情を改めて頭を下げる。
「お願い、シンジ君！ 二人を――ムサシとケイタを助けて！」
それを聞いたシンジはフッと息を吐き出すと、腕を伸ばしてマナの頭に掌を置いた。マナが顔を上げると、安心させるように笑ってみせる。
「やれるだけの事はするから……任せておいて」
「……うん」
素直に返事をしたマナだったが、それだけではなかった。シンジを真っ直ぐに見据えると続ける。
「あと……私も連れてって」
「……」
「お願い」
「……分かった」
逡巡していたシンジは、やがて頷いた。
それを見て、黙って観客となっていたトウジが声を上げる。
「……よっしゃ、わしも一緒に行くでぇ！」
「お、俺も……！」
「す、鈴原！ 相田君！」
ケンスケがそれに続き、慌てたヒカリは二人を窘めるとシンジに訴えるような目を向けた。
「済まないけど、二人は遠慮して。……今回は、最低限自分の身を守れない人間を連れて行く訳にはいかない」
それに同意したシンジはそう告げると、M82のコッキングレバーを引く。『冷たい』と表現するに一歩手前の声と無機質な音に、気圧されたトウジとケンスケは押し黙る。
その二人と、やはり竦むようにしてシンジの貌に見惚れてしまったマナとヒカリに向けて、シンジはもう一度口を開いた
「こいつは、戦争なんだ」
曲りくねった湖岸の道路に列を為す、鋼鉄の獣の群れ。その砲身は全て湖に向けられ、そこに潜んでいるであろう巨獣を待構えている。
その群れから外れた所に、一つだけ違和感をもたらす物があった。
熊でも入れておくようなごつい檻を載せたトレーラー。だが、その檻に入れられているのは、粗末なベッドに横たえられた人間だった。
「いた……」
その人物を双眼鏡の視界内に収め、シンジは呟いた。
「無事なの、ケイタは！？」
「呼吸に乱れは無いから、身体は大分回復してるみたいだ。この辺は情報通りだけど……。と言っても、あそこは怪我人をほったらかしにしておくには、不適切な環境だな」
心配げに訊いてくるマナに答え、双眼鏡を手渡す。受取ったそれを両目に押し当てたマナを一瞥すると、今度はアスカが尋ねた。
「で、どうするの、これから？」
「戦闘が始まったらそのドサクサに紛れて、まず彼の身柄を確保する。その後、トライデントに乗っている方もこの場から逃がして、その後合流。それでお終い」
「……そいつが湖に隠れたままだったら、どうすんのよ？」
「その時は、僕が突入して引っ掻き回すから、彼の救出は任せるよ」
アスカは嘆息して、シンジの横顔を眺め遣る。あの戦車の群れを前にして、平然とそんな事を言ってのける事に半ば呆れている。もっとも、シンジもそれほど楽観している訳でもない。ｎ２弾を搭載した爆撃機が待機している事は、既に知っている。状況がどうなるにせよ、早めにけりを付ける必要がある。まあ、スルトも付いて来ている事であるし、何とかなるのであろうが。
視線に含まれる感情を察し、シンジは言葉を継ぐ。
「こんな狭隘な地形に機甲部隊を押し込んで、しかも随伴歩兵は少ない。人間を相手にするつもりで来た訳じゃないからだろうけど……ま、アフガンでソ連が味わったのと同じ目に遭わせてやるさ」
或いは、ヴィレルボカージュの英軍のような目に。
内心で呟くと、双眼鏡から目を離しこちらを見ていたマナに、顔を向ける。
「動けない彼を、まずは優先する。……もう、一人も何とかするから、心配しなくていい」
「……う、うん」
そんな事を言っている内に、湖面の一部の波の立ち方が微妙な変化をした事にシンジは逸早く気付いた。次いで泡立ち始める水面。
戦自の部隊の動きが慌しくなる間にそこは盛り上がり、更には大きな水柱となった。
「ふーん。中々友情に厚いようだね。感心感心」
シンジがウンウンと頷きながら見ている先で、トライデントはその巨大な全身を空気に晒した。
これまでの数度の戦闘でどの程度のダメージがあったのか。或いはまともに行動が出来ないのではないか、というシンジの危惧も余所に、姿を現したそれは手足を縮めた高速移動形態で突進を開始した。水面が切り裂かれ、機体の後方では水煙が盛大に上がる。
砲列を並べた戦車部隊も準備万端整っていたのだろう。それを認めると直ちに火蓋を切った。だが、相手が高速かつランダムに変針を行なっている所為か、的が大きい割には命中弾は少ない。速度すら落とさせる事も出来ず、接岸を許してしまった。
脚で立ち上がり、上陸を果たすトライデント。『人型ロボット兵器』などと言われてはいるものの、ＥＶＡとその姿は完全な人型とは言い難い。尻尾の無い二足歩行の恐竜、とでも言った方が良いかもしれない。
本格的に砲火を交し始めた両者。アスファルトが抉られ、硝煙が辺りを覆う。その匂いが、シンジ達の所にまで漂ってくる。
アスカ達の頭を抑え、頃は良しとシンジがそこを飛び出そうとした時、声無き声が頭に響いた。
《遅くなりました》
シンジがそちらに顔を向けると、戦車部隊に新たな混乱が生じていた。上空でもＶＴＯＬが次々に被弾し、高度を下げていく。それを巻き起こしたモノは、無骨な身体に丸い頭を乗せた人型のロボットだった。全体を主に緑系統に塗装された機体だが、右肩だけが血の紅に染められているのが目に付く――全長は“設定”の半分程だが。
突如現れたそれは路面を滑るように疾駆し、戦自が対応する間も無く戦列に飛び込んだ。
そこに至って漸く戦自側の銃火器がそれに向かって火を吹くが、殆んどは目標を捉えきれない。それどころか相討ちになる事に気付いて、慌てて引鉄から指を外す。逆に、履帯が切り裂かれ砲身を圧し折られた戦車は只の鉄の箱に成り下がり、機銃の威嚇射撃を受けた歩兵は泡を食って遮蔽物の陰に飛び込んだ。
「騎兵隊の登場だね」
シンジは嬉しそうに言うと、浅利ケイタの回収を頼む。これで楽勝――とはいかないが、かなり状況は楽になった。が、
「な、何よアレ？」
突然の事態の変化に追い付けないアスカが、シンジの肩を掴んで訊いてくる。
「ああ、ファウストだよ。外見は――只のハリボテ」
「アレなら人目に付いても冗談で済むだろ」と言うシンジに、元ネタを知らないアスカは唖然としたまま答えられない。冗談と言うより悪い夢――戦自にとって――ではないか、と頭の隅で思う。
そうこうしている内に、ファウストは檻を載せたトレーラーに取り付くと、それを牽引して戦場からの離脱を図る。追い縋る銃火は不可視の壁によって弾かれ、更に撃ち出された煙幕によって目標を見失った。
その間幾つかの物を用意していたシンジはそれを確認すると、やはり戸惑っているマナに通信機を手渡し、発煙筒に点火した。青い煙を吐き出し始めた発煙筒を地面に置くと、身を乗り出すようにしていたマナに言う。
「トライデントの彼に連絡を付けるから、この場から離脱して南に逃げるように言って。そしてそこで機体を捨てろ、って」
「う、うん」
マナに頷き返すと、シンジはトライデントの方に目を向ける。相手もシンジが起こした原色の煙を認めたのだろう、どこか昆虫じみた顔を向ける。そこに向けてライトを明滅させ、モールスで無線機の周波数とマナの存在を知らせた。
『――マナっ！！』
「ムサシ！」
程無く聞こえてきた声に、無線機に齧り付くようにしたマナが叫び返す。
『マナ、無事か！？』
「うん！ 私は無事だよ！」
傍目からも安堵の空気を漏らしたのが分かるマナを見て、シンジは肩を叩いて促す。コクリと頷くマナ。
「聞いてムサシ。すぐ、そこから逃げて！ 南に――」
『――誰だ、お前はっ！？』
「えっ？」
言い掛けた事を遮られ、マナは疑問の声を出す。
『何でマナと一緒にいるっ！？ マナから離れろっ！』
言われたマナは周りを見て、ムサシの言っているのがシンジ達の事であるのを理解する。確かに野戦服を着て銃を手にしているのは、怪しいかもしれないが――
「違うのよ！ シンジ君は私を助けてくれたの！ だから――」
『今行く、マナっ！』
マナの説明を、相手は聞いていなかった。機体の向きを変え、こちらに向けて足を踏み出す。
心配する気持ちは解らないでもなかったが、その行動はシンジにとって迷惑極まりない物だった。思わずマナの持つ通信機に顔を近付け、叫ぶ。
「良いから逃げろって言ってるだろ！ こっちに来るな！」
『てめぇっ！ マナを離せっ！』
……やっぱり相手は聞いていなかった。別にシンジはマナを拘束などしていないのだが、どうも聞く耳を持っていないらしい。呆れを含んだ息を吐き出し、一歩々々近付いてくるトライデントを見遣る。
「……戦自の歩兵がこっちに来るわ」
そちらを見張っていたレイが、落着いた声で告げる。
一転ややこしくなった事態――ある意味当然過ぎる――に、シンジは頭を抱えたくなるのを抑え、三人に振り返って言う。
「……三人は、先に逃げて」
「ちょっと、シンジ。アンタはどうするのよ！？」
「僕は――」
もう一度息を吐き出す。
「――あの馬鹿を引き摺り出してくる」
「ほら、愚図々々してないでよ！」
頻りに後ろを気にするマナを引き摺って走りながら、アスカが苛立たしげに叫んだ。
先程いたところから適当な距離を取ると、遮蔽の取れる所に入り振り返る。双眼鏡を通してトライデントを睨み付けるアスカに、息を整えたマナは問い掛けた。
「あ、あの……大丈夫なのかな、シンジ君？」
「大丈夫でしょ、武器だって持ってるし」
「…………」
平然と答えられマナは絶句する。確かに武器はあるが、対物狙撃銃というのは精々が軽装甲車両を相手にする物であって、間違ってもトライデントのような物に通用する物ではない。――普通なら。
まさかシンジが生身――たとえ素手であろうと――でトライデントとのガチンコ勝負に勝てるとは、夢にも思わないマナだった。
「ま、そんな事より、取敢えず面倒なのはこっちね」
アスカは双眼鏡を横に動かし、こちらに近付いてくる歩兵の小部隊を見付けて舌打ちする。
「連中の足止めをするわよ。援護して」
「……了解」
レイに一声頼むと、H&K MP5SD6を引っ掴んで飛び出すアスカ。ポニーに纏めた髪が翻り遠ざかっていくのをマナは呆然と見送り、その袖をレイが引張った。
「頭を下げて」
言いながらワルサーWA2000を据え、狙撃の準備をする。マナは慌ててしゃがみつつ、堂に入ったレイの射撃体勢に唾を飲み込む。
自分を見詰める視線に気付き、レイは顔を上げた。
「……なに？」
「あの〜……本物よね、それ？」
「……玩具を持ってきても役に立たないわ」
淡々と言うレイに、マナは『そ、そう言う意味じゃないんだけどな……』と顔を引き攣らせる。
「弾は模擬弾よ」
それを見て言葉を継ぐ。それなら余程当たり所が悪くなければ致命傷にはならないが、それでも物騒な物には違い無い。
何とも言い難い表情のマナの鼻先に、双眼鏡が突き付けられた。
「目標を指示して」
「え？」
極短い言葉の要求に戸惑うが、それが『狙撃の相方を務めろ』という事であるのを察し、慌てて目の前の物を手に取る。
スコープに目を当てた無表情なレイを横目に、マナも双眼鏡を覗き込んだが、
（ＥＶＡのパイロットって、こうなのかしら……）
額には冷汗が浮かんでいた。
シンジは自分目掛けて歩いてくるトライデントを、どこか他人事のように眺めていた。戦車やＶＴＯＬは潰したものの、歩兵もそれなりの火器を持っている。撃ち込まれ炸裂したロケット弾やグレネードの破片、或いは小口径弾が嬲るようにシンジの身体を掠める。
こうして目の前にしてみても、『しょうもない物を作ったな』と言うのが感想だった。これだけ図体がでかいと、砲撃の良い的でしかない――場合によっては対戦車ミサイルではなく対“艦”ミサイルが必要になるかも知れないが。これまで致命傷を受けなかったのは、流石に市街地（それもＮＥＲＶの縄張りの）での戦闘とあって形振り構わずとはいかなかった所為か。
無論ＥＶＡと異なり、ＡＴフィールドを使う事など出来ないのだから、対使徒戦力としても疑問符が付く。敢えて用いるのなら陽電子砲の運用プラットホームにでも、といったところだろうが……それなら態々手がある必要は無い。
一番適当な形容は、『金銭と労力の無駄』と言ったところだろう。見上げるような位置にやって来たそれに、そんな評価を下した。
目の前の人間がそんな事を考えている、などとは思いもしないであろうトライデントは、頭を動かし睥睨するかのようにシンジをその無機の目に捉える。ここに至っては、最早逃がすのは間に合わない。必ずや飛来する爆撃機に捕捉されてしまうだろう。シンジは溜息を吐くと、トライデントに向けて中指を立てた。
それが気に障ったのかトライデントは腕を伸ばしてきたが、
「馬鹿が……」
シンジは思わず声を出して呟き、その場を飛び退る。もしシンジなら、使用可能な全火力を放り込んで一挙に殲滅を図っただろう。しかし、パイロットは生身の人間相手に弾の無駄と思ったのか、これで十分と思ったのか。シンジの実力を知らないとなれば、それも無理は無い。
着地すると同時に、シンジは片手で操っているM82A1の引鉄を引き絞る。セミ・オートのライフルがフル・オートに匹敵する速射で弾を吐き出し、地面に半ばめり込んだ鋼鉄の腕、その肘関節の殆んど一点に徹甲弾を叩き付ける。
流石に引き千切るような事は出来なかったが、片腕を殺すにはそれで十分だった。トライデントは自分の腕がどうなっているのかを知ると、愕然としたように動きを止める。その間を使って更に後退するシンジ。
それに気付き、そして漸く目の前の人間が容易ならざる相手だと認識したのか、今度は機首の旋回砲をシンジに向けようとする。
だがそれも僅かに遅かった。砲が的を捉える前にシンジが発砲。一発の直径12.7oの弾丸は砲身内に飛び込み、装填されていた砲弾に与えるべきでない衝撃を与えた。誘爆。
その爆炎が晴れた時、トライデントの頭部は何かに食い千切られたかのように無残な姿を晒していた。勿論、生物と異なり、この鋼鉄の巨獣は頭を失ったからといって死ぬ訳ではない。だが、シンジは相手が回復する猶予を与えるつもりは無かった。
再び発砲を開始。トライデントの機体各部に設けられたセンサーを撃ち抜いていく。
外部を“視る”術を失い、酔っ払いのような挙動を始めた相手を尻目に、シンジはどこかのんびりと弾倉を交換しＣ４の束を取り出す。信管に火を入れて、トライデントの足元に投擲。更に距離を取る。
爆発による衝撃を、トライデントのオートバランサーは補正し切れなかった。つんのめるようにして、大音響と共に腹を地面に打ち付けた。
シンジはライフルを肩に担ぎ、未だ動きを止めた訳ではないトライデントの背面に飛び乗る。戦自部隊の弾がこちらに来なくなってきているのも自覚する。
揺れ動く場所で危なげ無く歩みを進め、中央部のコックピットハッチを見付けると、二度蹴飛ばす。一度目でロックが壊れて外れ、二度目でハッチ自身が吹飛んだ。中を覗き込み呟くシンジ。
「……たとえ鎧を纏おうとも、心の弱さは守れないのだ――ってとこかな。……さて」
重大な損傷を受けた機体を何とか動かそうとしていたパイロットは、その音に顔を上げ、次に突然差し込んできた陽光に目を細めた。逆光になった相手を認めその呟きが耳に入ると、顔を歪めて叫ぶ。
「てめぇっ！」
「済まないけど、そこから出て来てくれないかな。時間が無いんだ」
相手が向ける感情を取敢えず無視し、シンジが頼む。
「誰が、てめぇなんか――っ！？」
憎悪に近い返答は、二発の銃声によって遮られた。
「Pleaseを付けて欲しいのかな？ ……どうかそこからお離れなって、こちらにお出でになっていただけないでしょうか、お坊ちゃま」
硝煙の立ち昇る拳銃の銃口を向け、冷たい声を吹き掛ける。気の所為か、顔の両脇を掠めて開けられたシートの穴から冷たい風が吹き出してきたような錯覚を覚え、パイロット――ムサシは硬直した。トライデントももがくのを止め、僅かに振動するのみで大人しくなる。
暫く動きが無いまま時が過ぎ、シンジは自分が発している殺気が相手の動きを止めている事に気付き、それを抑えた。促すように銃口を振ると、ムサシはゴクリと唾を飲み込みベルトを外しに掛かる。が、
「あっ？」
立ち上がろうとして果たせず、思わず自分の足を見た。細かく震え、力が入らない。
自分がやり過ぎた事を察すると、シンジは内心で嘆息し拳銃をホルスターに収めるとコックピットに足を踏み入れ、ムサシの襟首を掴んで大根でも引き抜くように身体を持ち上げた。そのまま無造作に引き摺り、身体のあちこちをぶつけたムサシが上げる抗議の唸り声を無視し、飛び降りる。
地面に降り立つと荷物を置き、取り出した焼夷手榴弾を無人になったコックピットに放り込む。結果を待たず、両手に荷物を持って駆け出す。最早この場に用は無い。アスカ達と合流して、さっさと逃げ出すべきだった。
背後で赤い炎の花――トライデントの巨体に比べれば小さな――が咲いた。
「――何だとっ！？」
激昂し立ち上がった浅黒い肌をした自分と同年代の少年を横目で見遣り、座ったままのシンジは密かに溜息を吐いた。
ロボット騒ぎが取敢えず収まって数日、シンジ宅にはマナの他に、ムサシ・リー・ストラスバーグが身を寄せていた。その間、大した問題も無く――トライデントが暴れていた時、シンジ達が連絡不通になっていた事を憤ったミサトが押し掛け（返討ちに遭っ）たくらいで――、加持や時田の協力を得て、浅利ケイタ（は既に第３新東京を出ていたが）も含めた三人を逃がす段取りを付ける事が出来た……のだが。
「ふざけるな！ どうして俺達が別々にならなきゃならない！？」
「やめて、ムサシ！ シンジ君は私達を助けてくれたのよ！」
マナが宥めるが、ムサシは収まらない。どうも三人を死んだ事にして其々分けて逃がす事が、しかも当分は連絡も取れない事が――はっきり言えばマナと一緒にいられない事が気に入らないらしい。ムサシにしてみれば、マナの為に脱走したも同然であるから、当り前ではあるが。
それを差引いても、ムサシはこの家にきた当初からシンジに対する敵意が露わだった。恐らく、戦闘でシンジの殺気に圧されて腰を抜かし、荷物のように運ばれて来たのをマナに見られ（ただし、シンジはそれをトライデント擱坐時の衝撃によるものと説明していたが）た事への逆恨みが最大の原因だろう。おまけにそれ以降は、シンジが威圧感の欠片も見せなかった為、気圧された事を一種の気の所為にしてしまいたい心理作用が働いてでもいるようである。
シンジもその辺りの事が大体見当が付いたので、これまでは子供が噛み付いてくるのを相手にするように適当にあしらってきたのだが、この時は様子が違った。
「『どうして』？ 『どうして』だと？」
それまで手にしていたカップを置き、低い声で繰り返す。その声は、尚も何事かを喚いていたムサシだけでなく、マナをすら息を飲ませた。
ムサシが何か動く前に、その眼前が暗くなる。シンジに顔面を鷲掴みにされたのだ、と気付いたのは「ちょっと来い」と言われつつ、そのままリビングからダイニングに引き摺られている最中だった。もがいても外れず、抗議の声を上げる暇さえない。
マナが事態を把握出来ない内に、二人が視界から消え、
『あれだけ好き勝手絶頂に暴れといて、事が穏便に収まるとでも思ってたのか、あぁっ？』
『あうん、痛いよママン！』
などという声が聞こえてきた。“打撃音”が響いてこないのが、より聞く者を戦慄させる。呆然としているマナの耳に、アスカの呟きが届いた。
「……な〜んか苛ついてるわね、シンジの奴」
それに無言で頷き、同意するレイ。
基本的にシンジは、立場の弱い者に対して甘い。それが、暴れた直後でもあるならともかく、今になってのこれは解せなかった。実際この数日のパターンは、突っ掛かってくるムサシをシンジが軽くあしらい――そのムサシの態度に腹を立てたアスカが彼を殴り倒す、というのが定着していた（それが余計ムサシをシンジに突っ掛からせる原因となっていたのだが）。
ムサシ達を収容してから、例によって度々一人出掛けていたシンジだったが、その時何かあったのか――恐らくあったのだろう。訊きたかったが、何と無く二人にはそれが憚られた。
程無くして、ムサシを引き摺ってリビングに戻ったシンジは、それを放り出すようにすると自分も音を立てて座り込む。やや冷め掛けた茶をシンジが無言で口の中に流し込むのを、他の四人は黙って見守るしかなかった。
「……一年だ」
やがて発せられた低い声に、全員が顔を向ける。その声と目が向けられた先はムサシだった。相手が気圧されている様子に構わず、シンジは続ける。
「一年我慢しろ。それだけ経てばある程度ほとぼりも冷めるし、他の取引き材料も手に入るだろう。だから、それまで大人しくしてろ」
「あ、ああ……」
返事が微かに震えていたのをシンジは無視する。
『ただし一年後、世界が存続していれば、だ』という呟きは、流石に内心だけに留めた。言う必要の無い事であったし、言える事でもなかった。
シンジは壱中の屋上に横たわっていた。今そこにはシンジ一人しかいない――授業中とあってはそれも当然だが。もっとも、誰かいたとしてもシンジに気付かなかったかもしれない。いつもそうしているように気配を消していたし、何よりいる場所は給水タンクの上だった。
どこかのクラスが体育なのだろう。プールのある方から水音と歓声か聞こえてくる。黙然と流れる雲を見上げていたが、それを見ている訳でもない。浴びせ掛けられる陽光に目を細めながら、幾つかの事を思い返していた。
最新技術を用いていると言っても、地下に届く光は自然光より幾分なりと量を減らしている。だが、そんな人工空間にも雑草は蔓延る。いやそれは、人間が勝手に雑草と定義しているだけだが。
ジオフロントの一画に作られた、特に雑草が目の仇にされる一角にシンジはしゃがみ込み、それを抜き取る作業に没頭していた。その傍らで同じ事をしていた加持は、手を休めないまま口を開いた。
「……例の件だが、部隊は解散。少年兵達も、そう悪い事にはならないようだ。……まあ、身寄りが無い訳だから、身の振り方を直ぐにどうこう出来る訳じゃないが……」
「……」
「脱走した三人も……流石に放って置くという訳にはいかないようだが、ま、それ程熱心に追求される事は無いだろう」
「……今は、それで十分です。どうもお手数をお掛けしました」
「いや、大した手間じゃなかったさ。あちらも事を大袈裟にしたくなかったようだし。実際に計画を切り盛りしていた二佐が“自殺”して、彼が全ての罪を引っ被って退場した事で、生きてる人間は誰も傷付かない。結構な事だ」
言って、加持はシンジの背中を見た。その視線に気が付かない筈は無かったが、シンジは手を動かし続け、やがてポツリと漏らすように言う。
「上手くいけば、その死人を出す事無く幕引きを迎える事が出来るか、とも思ったんですけどね」
物事が、そう都合良く運ぶ訳も無い。
それに今更ながら、もしムサシ・リー達が人を殺してなければ、と思う。そうすれば、彼等の立場をあくまで『犠牲者』『被害者』で押す事も出来、それなり戦自の面子が立つようにした上で何らかの利を提供すれば、もっと穏便に済んだだろう。だが、彼等は同時に『加害者』でもある。彼等を『死人』にした程度では少々足りない。
しかし、その事を今言っても、死者が生き返る訳でもない。あれが彼に出来た精一杯であろうし、もしシンジが同じ立場であったらあれ以上の事が出来たとも思えない。
何よりシンジは、それを承知で彼等を助けたのだ。何をか言える訳でもない。
「手元に九人分のパンがあり、しかしいるのは十人で、しかも他にパンを調達する術が無い時……採り得る方法は、全員が少しずつ我慢するか、それとも誰かを切捨てるか」
「……キリストは五つのパンを５千人に分け与えたそうだが」
「僕は只の人間です。しかも、“奇蹟”とは最も縁遠い」
まったく、神がその手の奇蹟をもう少し安売りしてくれれば、この世の不幸は少しなりとも減るのだが。『我慢するのは嫌だ』と言われたら……切捨てるしか今のシンジには思い付かない（自分を切る意味があるならともかく）。
上半身を持ち上げ、腰を伸ばすようにして息を吐き出す。そのシンジに、加持はどこか揶揄するように言う。
「犠牲は仕方無い、かな？」
「いえ……。いや……分かりません。ただ、他人が傷付くのを仕方無いと口にしたくない、です」
「…………」
「『仕方無い、仕方無い』と言ってる内に、『当り前、当然』と言うようになってしまうような気がして。……そうならない自信が、僕にはありません」
シンジの言葉に、加持の手も止まる。その淀んだ空気を振り払うように、シンジはやや声を大きくした。
「しかしまあ、死んだ二佐にとっては本望だったんじゃないですかね」
「？」
「なに、ちょっと訊いたんですよ、死ぬ前に。『何故、他人を道具のように扱えるのか。何故、そう扱って平気でいられるのか』って」
「……なんと答えたのかな？」
「……『人には道具として使われる者と、それを使う者がいる。前者が後者に使われるのは当然だ』そうです」
首を竦め答えたシンジは、次いでひくつくように笑い出した。
「最期に自分の主張に殉じる事が出来たんですから、さぞかし心安らかに逝く事が出来たでしょうよ」
加持はシンジの笑う様子に、冷汗を掻かずにはいられなかった。
シンジはやがて笑いを収めると、顔を彼方に向ける。釣られた加持の視線の先に、黒曜石で造られたようなＮＥＲＶ本部があった。
「……いずれ、あのファラオ気取りの男にも、同じ問いをする事になるかも知れません。その時、どういう答えが返ってくるか。楽しみと言えば楽しみですね」
聞こえてきた授業終了を告げるチャイムの音が、シンジを回想から戻らせた。身体を起こし、今はもういない転校生と共に来た場所を見下ろすと、その彼女の別れ際の言葉を思い出す。
『今度逢う時は、胸を張ってシンジ君の前に立てるようにするから。だから、またね！』
そう言って笑っていた（その後、アスカとレイを引張っていって、何か話していたようだが）。
「……そんな大した人間じゃないんだけどね」
頭を掻きながら独言る。自分はただの利己主義者でしかないし、一人の女の子に堂々と自分の名前を名乗る事が出来るようにすらしてやれない。マナがどう考えているにせよ過大評価だ、と思う。
何より、自分の手は血に塗れている。これまでも随分と血で汚してきたし、これからもそうだろう。しかし、それでも、
「笑って別れる程度の事は出来たか……」
顔を上げて息を吐いた。見慣れた景色が目に入る。
あの時「綺麗」と言ったのは、街か、山か。今度逢ったら訊いてみようか。ふと、そんな事が頭に浮かぶ。
良く知った気配が二つ、階段を登ってくるのを感じる。些か――特に片方は機嫌がよろしくないようだ。
シンジは頬を歪めるような笑みを浮かべて立ち上がると、数ｍ下の床へと身を躍らせた。
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