『虚像の王』

ラグナロックアーク・スーパー・ガンジー考

序文

　ＬＰ年代初頭、大陸はランスなる人物により統一された。それは極めて短期間のものに終わったがその前後において多くの魅力的な人物が歴史の舞台に登場した。彼の時代から幾星霜を閲し、彼等は死者となりかつて存在した国々は消え去った。しかし彼等の物語は失われる事なく人々の間に語り伝えられているのである。
　大陸統一という偉業を成し遂げながらランスは多くの物語や説話で悪人として描かれている。逆にその彼と対極の人物として語られているのがラグナロックアーク・スーパー・ガンジー（以下ガンジー）である。片や己の欲望に忠実な鬼畜、片や正義を愛する熱血漢。前者は悪党、後者は善人。一般の人々の大方の評価はこれであろう。また、史家の多くもガンジーこそ大陸統一王として相応しい人物であったと主張している。しかし、そうした見方に疑問を呈した者もいない訳では無いし、無論筆者もその１人である。
　物語というものが或部分は潤色され或部分は削られ、しかしそれによって物語が一層魅力的なものになっていくのは確かである。だがその一方でに資料としての信頼性を失ってしまう事も事実である。筆者は今日手に入れ得る限りの信頼すべき資料を検討する事で、正義を愛し弱きを助け勧善懲悪を実践していたと伝えられるガンジーの別の面に光を当ててみたいと思う。




ゼス王国の体制と社会状況について

　ガンジーは単なる一般市民ではなくゼス王国国王という立場にあった。したがって彼についての評価を述べるにあたっては、かつて存在したこの国について多少の言及をする必要があるだろう。
　ゼス王国という国は魔法至上主義ともいえる方針を採り、住民の地位は個人の魔法の能力に拠っていた。従って魔法能力を持つ者（以下市民）は豊かな生活を保障され更に能力次第で高い地位・権力を得る事が出来るが、逆に魔力を持たない者（以下奴隷）は市民権すら認められず最下層の生活を甘受せねばならなかった（この国のこの方針は建国が高魔力保持者の集団によって成された為であるが、これについての考察は本筋を外れるので割愛する）。
　ゼス国住民の市民と奴隷の人口構成比は、奴隷が大多数を占めていた〔注１〕。また、市民は自己の能力により地位の向上を望む事が出来るが、奴隷階級の者が市民階級になるシステムは存在せず、偶然などによる機会も殆ど無かったと思われる〔注２〕。この事はこの国の指導層が他国を格下の存在と看做している事（奴隷が市民となれるシステムが存在するならばこのような感情は幾分なりと改善されただろう）、その様な人物達が指導層となり得る政体がＬＰ年代初頭まで２００年以上存続してきた事から十分推測出来る。奴隷階級に対する支配統制にあたっては、武力による恐怖政策、「生かさず殺さず」方式、あるいは極一部の者に限られた権力を与え〔注３〕奴隷階級内に更に階級を設ける分断政策、等により反抗の意志と能力を奪っていた事が挙げられる。
　つまりこの国の繁栄と市民の高水準の生活は夥しい奴隷達の犠牲の上に成り立つ、極めて不健全で不公正なものであったという事である。

注１： 現在の定説では７５〜８５％。
注２： 但し、何等かの卓越した技能を有する者は或程度の社会的地位を認められた様である。一例として天才料理人マルチナ・カレーが挙げられる。
注３： 実例として奴隷将軍と呼ばれる存在が確認される。




ガンジーの諸国漫遊とその正義の行使について

　さてガンジーであるが、彼はゼス国内の統治をゼス四天王（彼女達は性格・識見において些か問題がありそれについては後述する）に任せ、自分は世直し旅と称して諸国漫遊をしていた。そしてその先々で弱きを助け悪を挫き、自ら言う所の正義を行使していたのである。確かに弱き云々という行為自体は間違った事ではなく、正義と呼べる行為である。それを見る限りガンジーが仁義をわきまえ、それを実行する意思と能力を持っていた事は事実だろう。にも関らず筆者が問題ありとするのは、ゼス王国の状況とそれに対するガンジーの態度と行動である。
　ガンジーはゼス王国国王としてこの国で行われている不正義を糺す事が出来る立場にあり、なお且つ不正義を不正義と認識して（或いはその能力を持って）いながらそれへの対処をまったくしていなかったようなのである。つまりガンジーはより大きな正義を実行できる可能性を持ちながらそれに目を向けず、ただ目先の小さな正義を行なう事に汲々としていたのである。
　繰返すが、筆者はガンジーが有能で正義感に溢れた人物である事を認めている。その彼がゼス国内の不正義に対処しなかったのは如何なる事であったのだろうか。その可能性について簡単に分けるならば、@ゼス国内の状況を不正義と認識していなかった　Aゼス国内の状況を不正義と認識していたがそれを糺す意志が無かった　Bゼス国内の状況を不正義と認識し将来においてそれを糺す意志があった、といった所であろうか。各項についての考察を以下に述べる。

@ 　ゼス王国国王は世襲制ではなかったが〔注１〕ガンジーの家系は代々王国の上級層にあった可能性は高い（少なくとも市民であった事は間違い無いだろう）。その為奴隷を最下層とするゼス王国のヒエラルキーに対して極当然の事という刷込みがなされており、その事について全く問題意識を持っていなかったという事が考えられる。しかしそれでは各国を旅していた事は何なのかという事になる。旅の結果、見識を広げる事も無く自己意識の改革も出来ないとあれば単なる物見遊山に過ぎない。
A 　ゼス王国の奴隷階級が解放された場合、市民の既得特権は失われる形となる。それに対する不満は出てくるであろうし、ゼス王国の社会・経済構造が奴隷の存在に支えられている以上、奴隷解放は（上手く対処しない限り）大きな混乱をもたらす可能性が高い。当然ガンジーの既得権も失われる事になり、混乱への対処に失敗した場合責任を追及される事となっただろう。それによって地位、財産はもとより、最悪生命すら失う可能性がある。それを恐れているならばゼス王国の改革も実行しなかったであろう。
B 　Aで述べた混乱を最小限に抑えようと考えるならば、性急な改革を避け時間を掛けて利害調整や社会構造等の改善を行おうとするであろう。ガンジーがこの意図を有していた場合、彼の旅は他国の実状を実見する為のものであり、同時にゼス国内において（少なくとも）改革の研究を行わせていただろう。しかしガンジーやゼス国の留守を預かる首脳部の言動を見た限りその様な動きは見られない。（ガンジーの「世直し旅」は趣味で行っているものであり、更に真の目的は「世界を統一する救世主を探す」事であったとも言われる）

　以上を踏まえて考えた場合、この内ABはガンジーの性格に合致しないと思われる。ガンジーは卑怯には程遠く、己の損を恐れて不正義を見過ごす人物ではなく、また巧遅より拙速を重視し迅速な正義の実行を旨としていた事は、様々な資料からほぼ間違い無いからである。
　したがって最も可能性が高い@であるが、一般的に幼少時からの偏見や固定観念を打破る事は容易ではない。この点ガンジーに対する弁護の余地がある事は確かである。しかし物見遊山であるならともかく世直しと称しての旅をしていながら、それを全く行えないというのならば筆者としてはガンジーは単なる阿呆であるとしか言いようが無い（ましてやガンジーの旅は国務の放棄に近い――というよりそのもの――事も考えるならば、無責任という評価も付加えねばなるまい）。

注１： ただし国王位にある者が次期国王候補者を養子とする事は珍しい事ではなかった様である。




リーザス王国のゼス王国侵攻におけるガンジーの行動

　ランス率いるリーザス王国がゼス王国に侵攻したとき、事もあろうにガンジーはランスの幕下の将として参加している。もっとも当初は自分の身分を秘し、またゼス国軍との戦闘は仮病を使って回避している〔注１〕。しかし劣勢となったゼス王国が広域・大規模破壊魔法ピカを使用した事をきっかけに、ゼス王国国王位の放棄とゼス王国に対する戦闘加入を宣言したのである。
　ここで問題となるのは第一にピカ使用が決定されるに至った状況である。
　先に述べたようにガンジー不在のゼス王国はゼス四天王により統治されていた。ゼス四天王というのは山田千鶴子、マジック・ザ・ガンジー〔注２〕、パパイア・サーバー、ナギ・ス・ラガールの四人であり、ピカの使用も彼女達の合議により決定された。
　彼女達は魔力という点では確かにゼス王国トップの存在である事は間違い無かったが、統治者としては殆ど致命的な欠点を持っていた。千鶴子は己の感情を優先させる傾向が強く、また魔法を使えない者に対する侮蔑と偏見を隠す事も無かった。他の三人が（理由はそれぞれだが）政治に殆ど関心を持たない為、四天王の会議は常に千鶴子がリードする結果となった。パパイアに至ってはピカの製造者であり直接の使用者である。この様な状態にあってはピカとピカを使用するに足る状況が存在した場合、その使用が決定されるのは自明の事だったであろう。
　確かにゼス王国建国時においては魔力の強い者と政治・実務能力（及び人格）の優れた者とがイコールに近く、より魔力の強い者がより高い地位に就くというゼス王国の制度も強ち間違ったものではなかっただろう。しかしＬＰ初期においてはこのシステムは既に現実に適合しないものとなっており、彼女達の様に指導者として不適格な者が四天王となったのはその歪み故と言える。だからと言って四天王の決定及び任命にあたって国王たるガンジーが全く無関係であるという事はありえない〔注３〕。またガンジーが国を空けるに際しては四天王に統治権が一時委任される訳だが、その可否の判断はガンジーが行っていたはずである（そうで無いなら恐るべき無責任である）。従ってガンジーはピカの使用に関して間接的であるにせよ責任を免れるものではない。
　次の問題はピカが使用された後のガンジーの行動である。この時ガンジーにはゼス王国国王としてリーザス王国に降伏、それ以上の流血を回避するという選択肢も在ったはずである。しかし彼はリーザスの武将としてゼス王国の武力による壊滅を選んだ〔注４〕。これはガンジーなりの責任の取り方だったのであろうが、彼のこの選択によりこれ以後の戦闘でゼス王国の戦闘員・非戦闘員合わせて万単位の死傷者が出ている。ガンジー自身は誠実に責任を取ったつもりなのであろう。しかし彼は自分個人に対する責任を取っただけであり、ゼス王国住民に対する責任を果した訳では無いのである。
　ガンジーが取ったこの行動に対して、ガンジー本人がその意図を語っている。
「ゼスにはあの様な忌まわしい魔法を作り、使った罪がある…
　ゼスは一度滅びるべきだ。勇者の手に依って滅却され、その上で新たな世界に迎え入れられるべき……」
　だが、ゼス王国にピカ使用の罪があるのならば、それについて最大の責を負うべき人物は当のガンジー自身に他ならない。ピカの使用を悪と看做すならば己の行為をも悪という事になる。
　たとえある行為が偽善であっても、それにより救われる人間が居るのなら立派な善と言えるだろう。しかし、ガンジーのこの行為によって少なからぬ人間は救われる事が無かった。

注１： リーザス軍戦史叢書、他
注２： ラグナロックアーク・スーパー・ガンジーの実娘
注３： 当時四天王は全員１０代後半から２０代前半の年齢であり、当然その就任もガンジーの即位後だった。
注４： Ｓ．ハミルカルはこれによって対魔人戦の為の貴重な戦力と時間が失われた事を指摘している。




総括

　如何なる資料を見てもガンジーが悪意と全く縁の無い人物であった事は確かである。そして正義と呼ばれるに相応しい多くの事跡を残した事も間違い無く、物語でのガンジー像が正しいかの様である。しかし彼は単なる一般人ではなく国王、即ち国家の最高責任者だったという事を忘れてはならない。この様な立場にある者を評価すべき基準は人柄や為人ではなく彼が現実世界にもたらした結果であり、彼が責任を果すべき人々は後世の人間ではなく現に統治していた国民である。
　王としてのガンジーがカリスマに溢れた人物であった事も、当時のゼス王国人がガンジーを敬愛していた事を示す複数の資料〔注１〕が証明している。しかしそれは例外なく市民であり、大部分の奴隷にとって市民のガンジーへの敬愛など笑止な事に過ぎなかったろう。また、ガンジーに忠誠を尽くしたであろう市民にしても、ガンジーの王位放棄とその後の一連の行動によって、その忠誠に対して死という形の報いを受けたものが多数に上った（現在皮肉な事に、かつてゼスと呼ばれていた地域は、大陸の人類領域においてガンジーに対する評価が最も低い事で知られている）。
　結局のところガンジーは個人として善意に溢れた正義（ただし彼のこれに対する価値観・行動についても独善的なきらいが強い）の人でしかなかったのだろう。加えて、極めて優れた魔力・知力・体力を持ちながら、いや、そうであるが故に弱者に「同情」出来ても、決して弱者を「理解」する事は出来なかった。また、自身や国の弱点に気付きそれをフォローし得る人材を配下とする事もなく、能力こそあるものの己と同質の価値観を有し現状に疑問を抱けない者のみを登用していた事も問題である。彼は国王としては致命的と言えるほど見識・器量に問題のある人物であった。
　実際のところガンジーの国王としての実績も大した物ではない。無論リーザスの侵攻まで大過なくゼス王国を治めていた（と言うには多少語弊があるが）事は十分評価に値する。しかし、それは２００年にわたる不公正による歪みが表面化しなかった、というだけの事であり、その表向きの平穏はリーザスの侵攻により一気に破られる事になる。ガンジーがリーザスの侵攻をゼスの奴隷解放に利用したという説もあるが、彼がリーザスの配下となる以前からリーザスではゼス侵攻時の市民と奴隷の離間と占領後の奴隷解放が計画されており〔注２〕、侵攻初期に彼が参戦拒否した事も考え合わせるとその可能性は皆無に等しく、ゼスの奴隷解放とその後の地位向上の功績はランスに帰せられるべきものであろう。
　しかし、この様に負の評価となる多くの要因を持ちながら、陽性の性格・行動、絶大なカリスマ等によって彼の死まで（また死後も）それは表面化することはなく、今日の一般的なガンジーのイメージが形成される事となったのである。
　最後に余談ではあるが、ガンジーはその死にいたるまでその行動が変わる事は無かったという。という事はガンジーは己の行なう正義に生涯疑問を持つことなく、それどころか自分の正義ぶりに酔っていたのかもしれない。或いは、彼は自省の前提となる客観的な自己認識能力を全くと言って良いほど有していなかったのかもしれない。

注１： カオル・クィンシー・神楽の日記、他
注２： リーザス軍戦史叢書、リーザス王国公文書：Ｕ−５０８００号、他


「歴史毒本　Ｖｏｌ．２
コラム誤見箱」




後書き、或いは言訳
　ランスシリーズ中、最も困った人物と言えば、主人公たるランス君である事は間違い無いでしょう。しかし私が最も嫌っているのはガンジー親父なのです。両者に対するの印象を簡単に述べれば、前者は「端で見ている分には面白いが、関わり合いにはなりたくない」、後者は「見ているだけで不愉快」である。ガンジーを嫌いなキャラクターとしているのは何も私一人ではないようで、かつて存在したＡＬＩＣＥ−ＮＥＴ・鬼畜王マスターボードで行われたキャラコンにおいて、ガンジーは嫌いなキャラ部門第一位に輝いているのです（私を含めて４票だけですが）。ただ私の場合上で述べた理由だけでなく、ガンジーが「暑苦しい親父」である、という彼には何等責任が無い事でマイナスポイントをつけていますが……
　ＡＬＩＣＥのゲームには他にも「暑苦しい」連中はいます。タイガー・ジョーとか漁師のおっちゃんとか。彼等は同じ様な事をしても笑って済ますことが出来るんですが、ガンジーは彼等と違い単なる一個人ではないですからねえ。そういう事をしたいのならせめて隠居してからにして貰いたいものです。
　これとは別にガンジー親爺の気に入らない事は女性の扱いです。「死んだ妻が忘れられず」しかし「来る者を拒まない」。挙句に、自分に惚れている女性や実の娘を平然と他人（主にランス）に差し出すなど、もはや一体何を考えているのやら。ランスよりタチが悪い。


　そうそう、私は社会学や歴史学の類を専門に学んだ訳ではありません。したがって、考察や分析が独善的、不十分等といった意見も当然あるでしょう。しかしまあ、半分以上冗談のような代物ですので笑って読んでやってください。また御意見や御感想をいただければ幸いです。



戻る