「はい、どうぞシルキィ」
「ありがとうございますホーネット様。御馳走になります」
ここは魔王城のホーネット様の私室。今、私は紅茶とケーキをご馳走になっている。
ＪＡＰＡＮ風の内装のこの部屋で紅茶とケーキの組合せはどうにも違和感がある。実際、お茶は番茶か玄米茶、茶請けには煎餅か饅頭というのがこの部屋での定番だ。しかし、私が部屋をお訪ねすると、ホーネット様は月に一度くらい紅茶をお出しになる。
ティーカップを口に近づけると甘いそれでいてスウッとする不思議な香りが鼻腔をくすぐる。ホーネット様が言うには特別な香料を入れてあるらしい。どういう物かは秘密だと仰って教えてくれなかったが。
「どう、シルキィ？ 味の方は」
「あ、美味しいです」
「ふふっ、そう？ よかった」
平和な午後の一時だった。
コンコン
「ホーネット様、いらっしゃいますか？」
…………
……返事がない。
執務室の方では私室にいらっしゃると聞いたのだけれど、お留守なのだろうか。軍務の事で相談したい事があったのだけど。
試しにノブを回してみると鍵は掛かっていなかった。少し迷ったが部屋の中に入ってみる。
「あのー、ホーネット様？」
中には誰も居なかった。ただ、ちゃぶ台の上に湯飲みとお菓子、それに読みかけの雑誌が広げてある。
部屋に上がり込んで湯飲みを調べてみるとお茶が三分の一程残っており、しかもまだ温かい。状況からすると、お茶を飲みながら雑誌を読んでいたけど、何か用事があって少し席を外したというところだろうか。とすればホーネット様はその内戻られるだろう。それならここで待たせてもらった方がいいわね。
……ところでホーネット様はどんな雑誌を読んでいらっしゃるのだろう。ちょっと見せてもらおう。
…………
………
……
…
あわわわっ…… に、人間の女の子ってこんなに進んでるの……？
そんな、いやらしい……
あっ、でもでも…… 私も魔王様になら…… ポッ
〔妄想中。しばらくお待ち下さい〕
はっ、いけない！ ここはホーネット様の私室だというのに、はしたない事を……
でも、ホーネット様がこんな雑誌を読んでいたなんて。やっぱり魔王様に喜んでもらえるように勉強してたのかしら。なんか、可笑しみを感じてしまう。
……それにしてもホーネット様も中々戻ってこないわね。
あらためて部屋の中を見回してみると、隅にある茶箪笥が僅かにずれ、その後ろに隙間がある事に気づいた。近づいて調べてみると茶箪笥は隠し部屋の扉になっているようだ。こんなものがあったなんて…… ひょっとしてホーネット様はこの中に？ ……どうしよう……
いろいろ考えたが、結局好奇心の方が勝った。昔の人も「虎穴に入らずんば虎子を得ず」と言っているし……
通路を暫く進むと前方に明かりの灯った部屋が見えた。どうやら終点のようだ。
そおっと覗いてみると、そこは妖しげな本と何に使うか見当のつかない物体に占領された部屋だった。一体ここはどういう部屋なのだろう。それにホーネット様も居ないようだ。
部屋の中に踏込んだ私の鼻に、埃と黴と薬の臭いに混じって憶えのある香りが入ってきた。甘くてスウッとする不思議な香り。そう、ホーネット様が御馳走してくれる紅茶の香りだ。香料を使っていると仰っていたけどこんな所で作っていたのだろうか。
香りの源を探ってみると、それは机の端にあるフラスコのようだ。青い液体が半分程入ったそのフラスコを持ち上げてみると、小さなラベルに『成長抑制剤』と書かれているのに気づいた。何だろう、凄く嫌な予感がする……
顔を上げると手近な本棚に『薬物大全』というタイトルの分厚い本があるのを見つけた。フラスコを机に置き、その本を棚から下ろす。そして巻末の索引を調べると、『成長抑制剤』の頁を開く。
『成長抑制剤
特徴：甘味臭と薄荷に似た匂いを持つ青い液体。
効能：女性の成長、特に胸部の成長を抑制。
処方：一月に小匙一杯程度を服用。
備考：次項の解毒剤を事前または事後に服用することで効果が相殺される。
原料：山の幸の角、海の幸の鰭、ハチ女の蜜、粉洗いの粉、ハニ子の欠片、……
』
・
・
・
・
そ、そんな…… 私が飲んだ…… 嘘…… ホーネット様は…… まさか……
頭の中がぐるぐる回ってまともに考えられない……
ゴトッ
背後で物音がした。
私は本を持ったまま思わず後ろを振返る。
「ここで、何をしているのシルキィ？」
いつの間に来たのだろう、そこにはホーネット様がいた。
ホーネット様は私の顔、私の手にした本、私の背後の机、と順番に見るとニッコリと微笑んだ。
「そう…… 見てしまったのね……」
「ホ、ホーネット様…… ま、まさかホントに……」
ホーネット様の笑みが更に大きくなる。
「シルキィ…… 世の中には知らない方が幸せという事があるのよ……」
こ、怖い…… ホーネット様の顔は確かに笑っているが、目が全く笑ってない。
逃げ出そうと思ったが金縛りにかかったように体が全く動かない。
「大丈夫、殺したりはしないわ…… あなたには生きていてもらわなくちゃ…… 私の引き立て役としてね……」
ホーネット様の目が妖しく光る。
……私の意識はそこで途切れた……
「ん…… あれ？ ここは……」
気が付くと私はちゃぶ台に顔を伏せていた。
どうやらホーネット様のお部屋のようだ。でもどうして私はここに居るんだろう？
「あら、気が付いた？ シルキィ」
「あ、ホーネット様。あの、私どうしてここに？」
「さあ？ 私が部屋に戻って来たら貴女が居たのだけれど…… 何か私に用事があったのではなくて？」
「すみません…… 何だか頭がボーとして記憶がハッキリしないんです」
一体私はどうしたんだろう。頭の中に霞がかかったようで、思考が上手く出来ない。
「いいわよ。きっと貴女、仕事のし過ぎで疲れているのよ。紅茶を入れたから一杯飲んで休んでいきなさいな」
そう言ってホーネット様は私の前にティーカップを置いた。
「あっ、ありがとうございますホーネット様」
私は御礼を言って目の前のカップを持ち上げた。いつもの甘くスウッとする香りが鼻腔をくすぐる。
その途端、私の心に言い知れない不安と恐怖が襲ってきた。そして心の奥底で誰かが私に語りかけてくる。「これを飲んではいけない」と……
「……どうしたの、シルキィ？ 具合でも悪いの？」
掛けられた声にハッとすると、ホーネット様が私の顔を覗き込んでいた。
「い、いえ、何でもありません……」
「そう？ もしお茶が不味かったのならそう言ってね。淹れ直してあげるから」
ホーネット様はそう言うと優しい笑みを浮かべる。それを見ると先程の妙な感覚が溶けるように消えていく。
「大丈夫ですホーネット様。ご心配掛けてすみません」
馬鹿馬鹿しい。何で私は不安なんか感じたのだろう。
私は一つ首を振るとカップを口に運び、お茶を喉に流し込んだ。
平和な午後の一時だった。
おしまい
……ホー様とシルキィが壊れまくっている事に不満をお持ちになる方もいらっしゃるでしょうが、このＳＳの二人はＳＭａＰ仕様に準拠した物ですのでご容赦を。
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